読書

風神秘抄

風神秘抄

久々の荻原さんの新刊、しかも日本ファンタジーもの。
これは期待するなっていうほうが無理でしょう。その結果は・・・おもしろかったです!
このひとことに尽きます。


日本史・・・平氏と源氏の戦いなんて、昔学校で習ったぐらいで忘却の彼方…。実際ちょっと出だしのところは読めるかしら?だったのですが、そんな心配は皆無でした。
もう最初から最後まで楽しみました。

これは、ジャンルとしてはファンタジーですが、それだけじゃなく、日本の歴史のはざまに生まれた人と人の出会いの物語だと思いました。

主人公の笛吹きの少年草十郎と、京の六波羅の浜で舞っていた、舞姫糸世との出会い。
これが主軸で、その周りに様々な人々の出会いと別れ、生き死にの物語が見え隠れします。

たとえば、源氏と平氏の戦い、平治の乱にて落ち武者となり、ともに地方へくだっていく途中、草十郎が助けた人物、三郎頼朝(後の源頼朝)。他の源氏の面々とともに打ち首になるところだった彼の運命を、草十郎の笛と糸世の舞とが変えていく、その物語。
そして草十郎が敬慕していた源氏の御曹司、義平の生死。関わっていた人々の物語。これは実際にあるという「青葉の笛」の伝説もうまく取り込んで物語の一部になっていました。

他にもたくさん。そのすべてをここに書くことはしません。これからこの本を読まれる方それぞれが発見すればいいでしょう。でもここに描かれた物語には、すべて本当にあったことのように、心うたれるものがあります。
事実、後半のあるところでちょっと涙しそうになったほどです。


草十郎の笛と、糸世の舞。このふたつが出会ってからの話が秀逸です。
糸世をもとめて、諸国をさすらう草十郎、追いすがる追っ手。緊迫感があります。
富士の風穴が出てきたところではちょっとだけニヤリ。地元だったので、風穴には行ったことがありました。
鬼の都があるという…地下に下っていく道は不気味でした。イザナギの黄泉下りを連想します。
草十郎がこの後に出会った万寿姫のイメージは全般的に闇、なのでしょうね。黄泉の彼方で待っている闇…。

そして彼らを助けるように登場する鳥の王、鳥彦王・・・ちょっとユーモラスな存在。まだ修業の身で、人間を観察し、学ぶために草十郎のもとに来たのですが、とかく暗くなりがちな場面に彼が登場するとパッと明るくなるようでした。
口調もくだけたもので、いかにもまだヒヨッコだよ、という感じですが、好感もてます。表紙のカラスの装丁もかわいいですね。

鳥彦王の定義・・・というか、役割というのが、どこにいても世のすべての鳥を通じて世界を治めているというもので、すべてのもの(鳥)が王の目となり、耳となるっていうのが、まるで…と自分受けしてしまいました。ファンタジーにはよく出てきますよね、こういう存在って。


あとがきで、作者自身が、これは勾玉三部作の続きというわけではないと書かれていましたが、その匂いや手ごたえを感じられるお話でした。
この話は一応、いったんの落着はついていると思ったので、直接の続編はありえないのかもしれませんが、同じ根っこをもった話ならば十分ありえそうな予感がいたします。

舞いの途中に異界へと飛ばされた糸世がたどりついた世界のことが、後半でわかるようになってますが、そこらあたりの話とか読んでみたいです。
糸世をこの世へとひきもどすために、重い代償を支払った草十郎たちの物語はこれからあとも続いていくのでしょうが。
でもそれは読者として十分予想ができることのような気もします。余韻をもって終わる、そんな感じでした。

いずれにせよ、荻原さんの次に描かれる世界が楽しみになりました。ぜひこの物語のつながりで、日本の歴史のはざまを描いた作品をたくさん書いていただきたいものだと思います。一読者としてせつに望みます。