「ファンタジー万華鏡(カレイドスコープ)」井辻朱美

ファンタジー万華鏡(カレイドスコープ)

ファンタジー万華鏡(カレイドスコープ)

荻原さんの本に引き続いて、ファンタジーに関する本を読んでみました。しかし、これは評論ですね。井辻さんのファンタジー論はいつもながら、深いです。以前、読んだ『ファンタジーの魔法空間』でもでしたが、本書でも目からウロコのファンタジー論が展開されています。

扱われているファンタジー作品もさまざまです。
ネオ・ファンタジーとして、ハリポタ、DWJ(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)の二作品から論が始まってそれから、トールキン指輪物語』、ネズビット『砂の妖精』『魔よけ物語』、『時の旅人』、『ジェニーの肖像』、『トムは真夜中の庭で』、「リトルベアー」シリーズ、「メニム一家の物語」シリーズ、『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』、恩田陸『上と外』、小野不由美十二国シリーズ」、エンデ『はてしない物語』、『鏡のなかの迷宮』、『ストラヴァガンザ』、「ネシャン・サーガ」シリーズなどなど・・・

これらの書名をながめているだけで、古今東西・種々雑多なファンタジー作品だということがわかるでしょう。私などはもうそれだけでわくわくするのですが。

著者の井辻さんはただ楽しむだけでなくって、鋭い切り口でもってこれらのファンタジー作品を論じておられます。


1.「二つのネオ・ファンタジー
2.「タイム・ファンタジーとしての『指輪物語』」
3.「フィギュアの物語―身体と魂」
4.「博物学の夢想」
5.「ハイ・ファンタジーの企み」


以上の、5項目にわたって展開しています。みな含蓄があり、そうなのか〜と考えがあらたになりそうなものばかりでしたが、私は中でも、2項目の『指輪物語』に関するものと、5項目の『十二国記』に関するものがとても面白く感じました。

指輪物語』における、生活と物語の違いとか、流れている時間とか、さらりと読んでしまうと気づかないようなことに論が及んでいてとても興味深かったです。


十二国記』に関する論も同じで、今まで読んでいてどうして気づかなかったのか!という感じでした。
もちろんすごい作品であることはわかっていましたが、この世界の設定にこれほど特異なものがあったとは、と驚きがありました。


その1 コンピュータで描いたような図形のような地図。この世界を作ったものの存在(天帝)?が感じられる。

その2 生殖の方法。子どもは母胎から生まれず、里木に実り、それが十月かかって「卵果」となる。動物も人間も妖魔もそうして生まれてくる。正式な結婚でないと生まれない。

その3 各国が不可侵状態を守らざるを得ない状況にあること。天帝の条理。

その4 神仙のありよう。王、官僚、将軍は自動的に神籍、仙籍を得、不老不死となること。その妻子と親にかぎってはともに仙籍に入れることが可能であること。

その5 王と麒麟の依存関係。


これらの5つの条件(とくに2、3、4)があることが、『十二国記』をきわめて独特の世界となし、これらのことによってどれほどのことが獲得され、また物語においてどんなものが回避されたのか・・・ 
著者は明確な論旨で、導き出しています。

外伝『魔性の子』についての考え方も興味深かったです。
あらためてこれはホラーではなく、ファンタジーだったのだなあ、と思い至ります。


少しむかしのファンタジー、今現在のファンタジー、そしてこれからのファンタジーと、高い位置に立っての展望が見られ、とても面白い研究書だったと思います。
語り口が少し難しい面もあるのですが、ファンタジー好きな方にとってみたら、それも楽しい読み物になるのではないでしょうか。