ドラゴン好きのかたへおすすめ!「アゴールニンズ」


アゴールニンズ

アゴールニンズ


世界幻想文学大賞を受賞したというこの本は、すべてのドラゴン好きに贈りたい一冊です。
まず一目見て惹かれるのは表紙。モナリザふうにおすましした真紅のドラゴンの絵すがた。
書店で、これを見て私はピンときました。これは、と思わせられました。本当は買って帰りたくてたまりませんでしたが、先日図書館の書架にあるのを見つけ、即借りてきました。
結局、読んで大正解でした。まさに、幻想文学大賞にふさわしい作品でした。


ひとことで説明すれば、ヴィクトリア朝小説が大好きだという著者が書いた、ヴィクトリア朝ふうドラゴン世界のお家騒動と恋のお話です。
登場するのはすべてドラゴン。人物紹介も竜物紹介、となっているほど。ヴィクトリア朝小説らしく、貴族階級のドラゴンも多数登場するのですが、それが啖爵(だんしゃく)、珀爵(はくしゃく)、蛟爵(こうしゃく)といかにも〜な感じ。
気になるストーリーは・・・


ドラゴンたちの王国ティアマト国。ボン・アゴールニン啖爵の臨終の席にて話ははじまります。
その遺産(黄金と遺骸)を子らに遺してやりたい、という啖爵の思いは、しかし脆くもついえ去る。
長女ブレンドの婿、デブラク士爵が取り決め以上の分を食べてしまったのです。
それから巻き起こる大騒動と、亡き父を悼む娘たちの恋の行方をめぐる、ユーモラスな物語。


ここでおもしろいというか、すごい!と思ったのは、ドラゴンが他のドラゴンの遺骸を食べることでその力と身体の大きさを受け継ぐ、ということでした。
「親のすねをかじる」などという言葉がありますが、ドラゴンたちの間ではもっとシビア。まさに食べてしまうんですから。
死んだ親の身体だけでなくて、なかには弱くてうまく育たないだろうと思われる子竜まで食べてしまうドラゴンもいたりして。
それも自分の血を受けた子竜でさえも例外ではないというんです。力弱い奴隷や召使だったらなおのこと。
弱肉強食など言いますが、怖い社会ですね。


もちろん上のようなのは例外中の例外みたいですけど、でも両親にしろ兄弟にしろ、ひとたび死んでしまってお食事となってしまったら、それはもうたんなる美味しい食べ物なわけで、何の感慨もないみたいです。私たち人間が牛さんや豚さんを美味しくいただくのと同様に、ね。


といって、だからドラゴンは残忍で、酷な生き物だというわけではなく。原題を直訳すると「歯と鉤爪」になるそうで、それがドラゴンの本質をよくあらわしている、だそうですが。
出てくる登場竜物みな、生き生きと魅力あるようすに描かれています。


そしてヴィクトリア朝小説の醍醐味といえば(なんてホントはよく知らないけど、「エマ」を思い出してしまう私です)、恋物語でしょう。


アゴールニン啖爵の娘セレンドラとベナンディ珀爵シャー。
同じく、その同腹の妹ヘイナーとロンデバー啖爵。
長兄で教区牧師のペンとその妻フェリン。
次兄で、都市計画局の役人をしているエイヴァンとその秘書セベス。


すでに結婚している一組はともかく、他の三組の恋の行方を追っていくのもまた楽しかったです。
とくに中心となって描かれる、セレンドラとシャーの関係は、ついドラゴンということを忘れてしまうほどちょっと素敵でした。
女ドラゴンは異性である、男ドラゴンに近くによられたり、触られたりするとピンクに変色するという性質があるということ。これが効いてました。
だから一度間違いが起こって、ピンクに変色してしまったドラゴンはふしだらなものと思われて、社会からまともに相手にされなくなってしまうのです。


一見、ローズピンクのうっとり恋物語かと思えば、こんな社会の底辺にある問題もあったりして。
奴隷制に関する問題や、宗教絡みの問題もあり、けっこうブラックな一面もありました。


たんなる興味本位の内容ではなくて、こうしたことがしっかりと描かれた、明確な必然性にもとずいた物語だったこと、何とも嬉しい収穫でした。