「幸福な食卓」


幸福な食卓

幸福な食卓


「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」ではじまる、ちょっと不思議な話。

読む前から読者のみなさんの評がよろしくないようだったので、どうかな?と身構えて読んだけれど、結果は意外なほどよかったです。
少なくともすらすらと読めたし、こういう家族っていうのも何だかいいなあ、と思えました。
一見、バラバラのように見えて、根っこの部分ではいっしょ、みたいな〜?


父は、突然父親を辞める宣言をしてから、教師の仕事を辞め、昼間はずっと家にいる。夜だけアルバイトの塾の講師をすることになったけれど。
主人公の兄は何事にもこだわらない、楽な生き方をしている人のようで、大学にもいかずにシンプルさにひかれたといって農業をし、夜は下手なギターで歌をうたう。
主人公の佐和子は高校生(入学前の中学時代から)。
ボーイフレンドにとっても爽やかで男らしい、大浦くんという彼がいる。
一方、母は家をでて、一人でアバート暮らし。
その理由は・・・


というのを知ったときはちょっと気分が重たくなりました。
母が出ていってからも、朝食はいつも三人でかこむのが習慣だったのに、父さん辞める宣言のあとはそれぞれバラバラ。何となく兄と佐和子がいっしょに食べたり、佐和子と父がいっしょに食べたり、そのとき次第。


その食卓にのぼるのは兄の作った無農薬野菜。
家族でばりばり生のキャベツを食べているすがたが目に浮かびました。シンプルで気持ちいい生活。
そういうふうに思えましたが。


父さんが浪人生になったり、兄の直ちゃんの恋人、小林ヨシコがあらわれ、あわててみたり。
そうかと思えば、学校でひょんなことからいじめの対象になってしまったり、佐和子の日常もけっこう大変のようでした。


けれど、そんないろいろあった日常が、たったひとつのことで全てが壊れてしまいました。
それまですらすらと進んできた時間が、唐突にぶちっと断ち切られてしまったように感じました。
佐和子と同じで、何が起こったのか全く理解できない感じ。理解したくないという気持ち。


それから笑えなくなって、家族のだれとも視線を合わせられなくなってしまった佐和子。
そりゃそうでしょう。あんなことがあったのだから。
幼い、かわいらしい恋といわれても、当人同士は真剣だったのでしょうから。
そりゃいい子だったもの、大浦くんは。


けれど、佐和子は結局、立ち直る・・・んですよね?
私はそう思いましたけど。
泣きながらいやだ、いやだと叫んでいたあの佐和子が。クリスマスのプレゼントの手編みのマフラー、結局わたせなくて、無駄になってしまった。
それを、弟にあげることになって・・・


ちょっとどうして〜?と思わないでもなかったんです。
お母さん、いくら何でもという気もしました。
でも・・・そのあとの弟のことばを読んでいたら、これでよかったのかもって思えました。
マフラーが長すぎるね、といった佐和子に対し、弟は大丈夫。僕、大きくなるからと答える。
そこの部分で、佐和子にも新しい未来が待っているんだ、ということを予感させてくれました。


ちょっとそっけないほどの終わりかただったけれど、きっとこの先の物語は読者の想像のなかで紡いでいってほしい、そんな意図があるように思えました。


お父さんは結局、似たような仕事に就くことになって、いったい冒頭の父さんを辞める宣言は何だったのか?思わないでもなかったですが。
いつのまにかそんなこと、ちっとも気にならなくなっていました。


どんなつらいことや悲しいことがあったとしても、時間が経ったらまた笑って、美味しい食卓をかこんでいる、たくましい佐和子さん・・・、そんなイメージが残りました。