森谷明子「七姫幻想」

七姫幻想

七姫幻想

たなばたの七姫をテーマにした連絡短篇集です。けれど、たなばたの七姫、というものがあることすら知らなかった私。七夕というと、どうしても織姫・彦星伝説を連想してしまうのですが、ここでいうたなばたの七姫は、どうもそれとは全く別の物らしい・・・?

「織女の七つの異称である、秋去姫(あきさりひめ)、朝顔姫(あさがおひめ)、薫姫(たきものひめ)、糸織姫(いとおりひめ)、蜘蛛姫(ささがにひめ)、梶葉姫(かじのはひめ)、百子姫(ももこひめ)の称」だそうです。

これらの七姫それぞれの独立した話があって。それぞれ楽しめるのですが、それら個々の話が、ひとつの大きな物語としても見えてくる。これはちょっとした感動、ですね。

あの山の、隠里の一族… その一族の者が、さまざまな時代にさまざまな形で現われてくる。歴史のなかに隠された存在として現われては消えて・・・何か大きな時の流れのようなものさえ感じられました。

話のモチーフとして和歌が使われていますが、私は和歌については全くわからないので、それはそれとして雰囲気だけ楽しみました。それでも美しい言葉というものは、素人目にもわかるものですね。はっきりとどうこうは言えませんが、音の響きとか言葉の連なりなどで、何となくいいなあと思った歌がたくさんありました。
万葉集古今和歌集、あまり馴染みがないものですが、昔の学生にもどった気分で書を紐解くのもいいのかもしれません。現実問題としては、そんな本は持ってもいないので、無理でしょうが…、気分としてはそんな感じです。

お話的には、私は神代の頃の話しのほうがよかった気がします。より幻想味が強いせいなのかもしれません。既読の歴史ファンタジー作品などを連想してしまったくらいです。コバルトの氷室冴子銀の海金の大地』など…いろいろな場面で、思い出しました。

でも個人的に好きな話は「朝顔斎王」です。あの少年、いいですね。少年から大人の男性へと移り変わる頃合の…。あの少年と宮様とのあれこれ…うふふ、これってまるで『ジャパネスク』よね!と、ひとり悦に入っていました。

それから「百子淵」もよかったですね。伝説がどういう形でつたわっていくものか、よくわかります。この話にでてきた二人が前の話で…という楽しみもありました。ミステリらしく謎解きの部分もあり、興味深かったです。

「糸織草子」では、宴の松原がでてきましたね。思わず、またも伊藤ゆう?とか思ってしまった私ですが。この話だけ、江戸の話なので、ちょっと雰囲気が違っていました。
神秘的な雰囲気はなくなったけれど、それでもまだ鬼や物の怪などの存在は信じられていた頃、なのでしょうか。どちらかというと、人の心のなかにこそ、鬼はいる・・・と現代的な見方をしてしまうのですが。

ここで物語を綴る女のことが出てきましたが、これはそれまで描かれた七姫たちの物語の作者だというのでしょうか。この存在は何か唐突にでてきた感じがして、違和感がなくもないですね。けれど、それでも最後の「書くことだけが、女の生を価値あるものにしてくれる」という文章には心を惹かれました。
デビュー作の「千年の黙」でも、物語を描く女というものがクローズアップされていましたが、男性ではなく女性が書く、という行為が何かとてつもなく重要なことのようにも思えます。歴史の裏舞台にしかあがれない女性たちの主張のようにも思えて。そうやって、現代にさまざまな物語がつたわってきたのだ、と…。

その意味で、私はたんなる物語として、この本を楽しめたのだと思います。はるか神代から伝わってきた女性たちの物語として。楽しんで読むことができて、とてもよかったと思います。