「一八八八切り裂きジャック」服部まゆみ

一八八八切り裂きジャック (角川文庫)

一八八八切り裂きジャック (角川文庫)


時は一八八八年、大英帝国の首都ロンドン。「切り裂きジャック」と呼ばれる謎の殺人者による連続殺人事件が、街中を恐怖に陥れていた。医学留学生としてロンドンに滞在していた日本人・柏木は、友人でロンドン警視庁に所属する美青年・鷹原とともに、この事件と深く関わりを持つことになる―。二人の日本人青年の目を通じてヴィクトリア朝時代のロンドンを緻密に描き出し、絢爛豪華な物語が展開される。小説世界に浸る喜びを存分に堪能できる、重厚かつ品格に溢れた傑作ミステリー。


大正12年、春。主人公の「私」のもとに、懐かしい人からの手紙が届く。それを見て、「私」は35年まえの春からはじまっていた、自らの覚書を手にする。それは1888年、医学留学生として渡った、英国ロンドンで出会った諸々の事件を記したものだった。
ということで、はじまった回想部分が、本書の内容になっています。

何より、実在の人物とオリジナルの人物を絡めて描くところは、面白い試みだと思いました。最初のところはちょっと乗り切れなくて、のんびりモードで読んでましたが、こういう有名人物が出てくると、あーこの人!って感じで発見して、喜んだりしてました。
そうこうしているうちに、エレファント・マンの話題が出てきて・・・私は映画とか見てはいなくて、名前だけ知っているというふうだったのですが、実際にいたんだなぁと馬鹿みたいですが、再認識しました。

主人公の柏木薫(この名前で『源氏物語』を連想しました)が、エレファント・マンの研究のため、雪のロシアから霧のロンドンへと移り住んでからが、物語の本番です。

日本からの留学生として、慣れぬ英国にまどい、有名なロンドンの霧に濡れて洒落て散歩してたら迷いかけ、その先で、偶然、助けた女性に心惹かれたり、友人の鷹原を頼って下宿先に落ち着いたりなんだり・・・・いろいろありますが、ロンドン病院にいるエレファント・マンとの対話、これが前半部分の主要エピソードです。
エレファント・マンのことは前述のように、ほとんど知らないことのほうが多かった私。どちらかといえば、怪物的イメージの先行していたんですが、それは間違いだったのだとわかりました。
その内面はこれ以上ないほど賢く、人間的であったのですね。驚きました。とくに、文学を愛し、ディケンズ作品をことのほか愛読していること、片手が不自由ななか、左手だけで器用に、余った紙でミニチュアの塔や教会の建物を作れるほどの腕前を持っていること、等など。
そんなエレファント・マンを表敬訪問することが、当時の英国では流行していたようでした。
とくにご婦人方の熱心さは凄いものがありますね。
畸形ということに関して、男性陣より女性陣のほうがよりあからさまな興味をしめしていたのかもしれません。

そして後半部分はいよいよ、切り裂きジャックの登場です。
エレファント・マン同様、切り裂きジャックについても、何とも中途半端な知識しかなかったので、たいへん興味深かったです。とくに、闇のなか次々に売春婦たちが殺されていく下りでは。

柏木と鷹原のコンビが、事件とともにあっちへいったり、こっちへいったりする場面は読んでるだけで、わくわく(そしてぞっと)するものですね。

切り裂きジャックというと、ホラーかオカルトか、ってくらいに気持ち悪く、引かれてしまうのもわかるけど、やっぱりそれだけじゃないですね。
1888年のロンドンの雰囲気がすごくよく伝わってくる感じ。
出てくる人々も、それぞれ個性がある人たちで、いまこの瞬間、生きているような感じがしてて・・・・、もうこれだけで読んだ価値ありました〜。


主人公の柏木薫の友人の鷹原惟光(たかはらこれみつ)なんて、あだ名で光、なんて呼ばれちゃってるしね。
しっかし、この鷹原っていいなあ! すごくいい。
貴公子みたいな容貌もだけど、その中身が。タフで粘り強くて、これと決めたら猪突猛進するみたいな〜フットワークかるく、どこでも行っちゃうもんね。
それでいて、表面はごく軽いかんじ。ん〜、なんかいいな彼は。いちばんのお気に入りだったかも。


私は(この作品における)ジャックの正体は、とある人じゃないのかな、と思ってたけど、それは当たってました。
でもラストにああいう決着がつくとは。これは予想外でした。
分厚くて、ちょっと時間かかっちゃったけど、もうお腹いっぱいになりました。