「レオナルドのユダ」服部まゆみ
- 作者: 服部まゆみ,鈴木一誌
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2006/02/24
- メディア: 文庫
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「神にえらばれし万能の天才―― 画家にして彫刻家、科学者、医師、音楽家でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチ。気高く優雅な魅力を放つ枯れの周りには、様々な人びとが集まっていた。」
貴族のあととり息子でありながら、レオナルドに魅せられ弟子となった、メルツィ家の長男フランチェスコ。同じくレオナルドに魅せられながらもメルツィ家に仕える乳母の息子であるという、身分の差から思うように絵画を学ぶことが出来ないでいたジャン(ジョヴァンニ)。またレオナルドの弟子で、絶世の美青年だが傍若無人なふるまいをつづけ、周囲を混乱させるばかりだったサライ。
そして、レオナルドの才能を決して認めようとしない毒舌家、人文学者パーオロ。
この作品は、天才レオナルドの半生を追いつつ、彼の魅力を真摯に描き出した一品。レオナルドが残した、「モナ・リザ」の謎に迫る、歴史ミステリーでもあります。
レオナルド・ダ・ヴィンチの名前は知っていても、かの有名な「モナ・リザ」の作者であったこと、また絵画以外にも自然科学、医術関係など多彩な才能をもつ人物だということ、そのくらいしか知らず、彼の人生についての知識は皆無だったといっても間違いはないでしょう。
最初は無知な自分がこの本を楽しめるかどうか、疑問もありましたが、読んでみた結果全くの杞憂であったことがわかりました。
確かに「モナ・リザ」以外の有名な絵画など知識があったほうがより楽しめるのかもしれません。
けれど、そんな私でも十分、物語に入りこむことは出来ました。
作者の服部まゆみさんは、残念ながら今年の8月末にお亡くなりになったのですが・・・(ご冥福お祈りします)
服部さんご自身、現代美術に造詣の深い方らしく、賞などもおとりになっていたそうです。詳細については分かりませんが、そんな服部さんであったからこそ、選んだ題材なのでしょうし、描けた対象なのでしょう。
様々な人びとから愛され、尊敬されてきたレオナルド・ダ・ヴィンチという人物に対して、服部さん独自の想像を羽ばたかせた結果、できあがった作品だったのでしょう。
史実とは違う部分もあるのかもしれませんが、読者はその想像の翼に乗って、イタリア・ルネッサンスの世界へと飛び込んでいくことができます。
作品は、上にあげた人物、フランチェスコ、ジャン(ジョヴァンニ)、パーオロの三人の人物によって語られる、という形式をとっています。読者は彼らの見たレオナルドのすがたを追っていく、という形になります。
語り手によって、違ったレオナルド像を見ることになり、大変おもしろく読めました。
レオナルドを師と仰ぎつつも、身分の違いによってなかなか弟子としてむかえられなかったジョンの気持ちもわかりますし、貴族の嫡男でありながら、美術に傾倒し、レオナルドに心酔するフランチェスコの激情もわかる部分もあります。
けれど、私がより興味深く読めたのは、レオナルドを認めず、頑として彼の作品を受け付けなかった、ローマの人文学者であったパーオロでした。
いわば反レオナルドのような位置づけでいたようなパーオロが、興味を抱きつつも、最後まであがいてレオナルドから目を背けていたその心理。そして最後に、パーオロがイタリア、レオナルドの住んだミラノを訪れ、弟子たちの話を聞く場面などは、惹きつけられるように読みました。
タイトルの「レオナルドのユダ」・・・
キリストを敬愛しながら、裏切りの大罪を犯してしまったユダ。
レオナルドにとってのユダは、いったい誰だったのか・・・
「モナ・リザ」に隠された秘密とは・・・?
そんなミステリー的要素も十二分に楽しめる本書ですが、それは二次的なものであったと私は思えました。
実際、わかってみればああ、そうだったのか・・・で終わってしまいます。
それよりも、私は過程を楽しみたいと思いました。イタリアルネッサンスの雰囲気、レオナルドを取り巻く人々のちょっとした会話など、リアルに描かれていて、あくまでこれはオリジナル作品なのだ、想像上のものにすぎないのだとわかっていても、なお思ってしまわずにいられない。ここには真実があるのだと。
服部まゆみさんの描かれた世界にすっかり魅了されてしまった私でした。
長い歳月を描いたものだからなのか、少々冗長に受け取られてしまう部分もなきにしもあらず、かもしれませんが、それを補ってなおあまりある魅力が本書にはあると信じます。
天才というのがどういうものであるのか、そして、少しでもそこに到達しようと努力を続けながら決してその高みに昇ることができない、並みの才能しか持ち得ない者たちの苦悩、嫉妬などの人間の負の感情をたくみに描いてみせる著者の筆致には並々ならぬものを感じずにいられませんでした。