「月に繭 地には果実(中)」福井晴敏★★★★★


月に繭 地には果実〈中〉 (幻冬舎文庫)

月に繭 地には果実〈中〉 (幻冬舎文庫)

ターンAガンダム(改題)」の2巻目。

この巻では、「鳳凰の羽」の伝説のもととなった人物の子孫ウィル・ゲイムと、ディアナ・ソレス暗殺の命をうけ実行しようとする、テテス・ハレ中尉との二人の人物の人生に思いを馳せました。

初代ウィル・ゲイムは環境調査のため地球に降りてきたディアナ・ソレスと出会って恋に落ち…
それ以来、月の女王にふたたびまみえることだけを願って、地中深く埋まった宇宙船を掘り出すことに人生のほとんどを費やす。
それは彼の代のみでは果たされず、彼の一族は「気触りの一族」などと陰口を叩かれ、蔑視されながらも初代ウィルの夢にとりつかれたように自分の宇宙船を掘り出すことのみに執着し、他のものに価値を見出すことがないまま…

テテス・ハレ中尉もそんなウィルと大差のない人生を送ってきた。
かつてディアナ・ソレスの地球降下部隊に加わって、地球人の女性と恋に落ちた月の民があった。彼は女を月に連れ帰り、やがて二人の間に子供が生まれる。
テテス・ハレはその子孫だった。地球人の血を半分ひいた彼女の一族はムーンレィスの民に蔑まれ、差別されつづけてきた。

ウィル・ゲイムは月へいくことだけに妄執を燃やし、他のすべてを忘れはて、テテス・ハレは差別されてきた人生の恨みをディアナ・ソレスのみにぶつけようとする。
その結果起こった、それぞれの人生の幕切れは、あまりに切なく、哀しいものだった。

もし、二人の人生がちがったものであれたら…
起こった出来事のひとつでもちがっていたら…

その結末ももう少し違うものになっていたのかもしれません。
何が悪くてこうなってしまったのか。
祖先がこうだった、そう望んでいた、という自分の外堀だけにこだわり、自分の内側(真実)を見据えることがなかった…
ふたりともに共通する問題点はそれだったのでしょうが。そうならざるを得ない周囲の状況というのもあったでしょう。

またこの巻ではディアナ・ソレスとひょんなことから入れ替わってしまったキエル・ハイムが登場します。
キエルは否応もなく女王の代わりを務めることになるのですが…
女王に影のようにつき従う、女王親衛隊のハリー・オード大尉。彼はディアナとキエルの入れ替わりに気づいていながら、ただ組織のためにキエルに女王の役どころを果たさせようと何くれとなく助言をしたり、気遣ったりかばったりもしました。
ディアナ・ソレルの理想に殉ずると決めた男にとって、それは当然のことだったわけです。
ただそれが組織のため、理想のためと言いながらも、結局はディアナ本人への思慕へとつながっていってしまう、
それをキエルは悲しみながら、そうでないことを望み、果たせず…
やがてその感情はディアナへの嫉妬、憎悪といった負の感情にまで成長していってしまう。その片鱗がこの巻では見えてました。

あ〜あ…という感じです。こっちも切なくて、哀しくて。これも戦争が引き起こしたひとつの悲劇なのかな、なんて思ったりして。
最後の辺ではさまれていた、ロランの幻視(?)に出てきた、言葉の数々にはいろいろと考えさせられました。
――死があるから、生をまっとうできる。それを重ねて、私たちは生きてゆくべきなのでしょう。
とかね。