「えんの松原」伊藤遊★★★★

えんの松原 (福音館創作童話シリーズ)

えんの松原 (福音館創作童話シリーズ)

『鬼の橋』がとてもよかったので、図書館で借りてきました。感想はこちらもさらによかった!!でした〜。読んでよかったです。

九百年代なかば、藤原氏が揺るぎない地位を築いた時代が背景となっています。実在の人物が登場してきますが、作者独自の解釈で自由に書かれています。
陰陽師が活躍した時代でもあって、私は未読ですが『陰陽師』の中にも、この物語の主人公憲平親王が登場してくるようです。(のちの実在の冷泉天皇だそうです)
またしても時代背景など、ろくすっぽ知識のない私ですが楽しめました。これも作者のストーリー運びのうまさがあるからでしょうか…


物語のメインはこの時代の定番?怨霊とそれに苦しめられる人間(憲平親王)の図式です。
全体的に、どろどろした重苦しい雰囲気が漂っています。まさに『陰陽師』の世界…とでもいうのでしょうか。
えんの松原という、宮中に何の意味もなく存在しているように思える、松林。
そこに怨霊たちがひかれて集まってくる、宮が光であるのと対照的にこのえんの松原は闇として描かれています。
「えんの松原」が宴の松原、縁の松原と(文書等に)書かれるようになったが、もとはといえば怨の松原というのが本来言われていた名前だったという、それがまた面白かったです。


その闇の世界えんの松原に、女装して宮中(温明殿)に入り込んでいた少年、音羽がしのびこんだとき。物語が大きく動き出します。
ふとした偶然から出会い、互いに惹かれあう憲平と音羽
ふたりを取り巻く闇にひめられた謎…
憲平を夜ごとに襲う怨霊の正体は誰なのか?
まるで謎解きのような要素があって、読者をその世界に引き込みます。


そんなどろどろした世界なのですが、音羽がいるだけでそこから爽やかな風が入り込んでくるような気がしました。
雀の風貴を愛で、鳥を愛し自然を愛する少年。閉ざされた宮中に風を運び込む少年…
時にその行動は突拍子もない結果を生み、そばにいるものをはらはらさせるのですが。

憲平も音羽といるときにはそうでした。日頃の窮屈さをつかのま忘れ、本来の少年の顔にもどることができました。
音羽が憲平に招かれて、藤壺の宮を訪れたときのこと、藤棚の下で二人でしゃがみこんでいる場面が思い出されます。
その直前に音羽が憲平とのあいだに感じた差異。東宮という身分の差を感じた音羽の描写があったあとだけに。藤棚の下で無邪気にしゃがみこむ二人のすがたは、やさしさで満ちていました。


その他の登場人物にも魅力があります。憲平の遊び相手である女童、夏君も勝気で、やられたらやりかえす、という活気がある存在として描かれていて、なかなかいいですね。
平安時代に登場してくる女性とは思えぬほど、活発な印象でした。
音羽の世話役(後見人?)伴内侍もよかった。最初、登場したての頃は気難しいおばあさん、という印象だったのに話が進むうちに本当は音羽を気遣う、心やさしい女性だということがわかって、好印象でした。
音羽がえんの松原に入り込んで、怨霊に追われ逃げてくるときに、松原に一本の光のすじが見えてそれをたどっていったら逃げることができて、その光の端が伴内侍の胸のところで消えていた… 云々という場面があったけれど、これはやはり音羽を気遣う伴内侍の心から発した思いの糸だったのかしら…などと思いました。まさか、伴内侍が陰陽師ばりの力を発揮するとは思えないし、ね(^^ゞ


音羽と憲平の見かけの性別と、本来の性別が男女逆のようになっているところもまた、面白い点でありました。
憲平を襲う怨霊の正体は、私はもっと単純なことを考えていたのに、意表をつかれました。
現代からすれば、それは絶対にありえぬことなのですが、怨霊が跋扈し、人を呪うという平安の世ならば、ありえたのかもしれません。
最後の和解のシーンもまた心打つものでした。正直、その解決策はよくあるようなものだったけれど、すんなりと納得がいきました。
鳥のようにはばたいて、怨霊たちの巣・えんの松原から飛び立っていく、あのシーンが印象に強かったです。


この作者には、こうした時代ものの枠をとった、ファンタジーをもっと書いて欲しいです。もっともっと読者を魅了する物語を書ける方なのでは…?と期待しています。


*本のプロ レスより*

KM子 > こんにちは、はじめまして。私はこの本を息子用にと 図書館から借りてきましたが、自分で読み始めたら面白くて面白くて・・
児童文学を侮ってはいけませんね。 でも、息子は読みませんでした。とってもいい本なのに・・・・ (2003/10/08 14:00)
ときわ姫 > そうですよね、これを読めばもっと書いて欲しいと思うのは当然ですよね。それなのに、寡作な人なんですよね。
私は万葉集が好きなので、最終的な編纂者大伴家持に興味を持っています。万葉集が出来上がった途端、罪に落とされ万葉集も長い間日の目を見ることがありませんでした。大伴氏は没落して、その後名誉回復はされましたが、政治の表舞台からは退場。そんな大伴氏の子孫たちがここで出てきたので、「大変だったけど、がんばって生きのびたんですね」と嬉しくなりました。フィクションだってわかっているけど、きっと主人公を大伴氏にしたのは、作者にも何か思い入れがあるのではないかと思っています。 (2003/10/08 14:39)
北原杏子 > KM子さん、はじめまして。息子さんがいくつなのかはわかりませんが、この話、子供にはちょっとつらい内容かなあ、とも思います。ルビがふってあるとはいえ、漢字が多いし、内容もどろどろだし、ラストには救いがありましたが、そこへ至るまで結構、えんえんとどろどろしてますよね。むしろ大人の人のほうが向いているのかも。
ときわ姫さん、万葉集がお好きなんですか。私は日本史に明るくないので(^^ゞ 大伴氏と聞いても、ああ昔々学校で習ったかなあ、というような反応でした。こういうフィクションの世界を知っていれば、もっと学校のお勉強も楽しく感じられたかもしれませんね。すでに遅し、ですが。 (2003/10/09 00:10)