「鬼の橋」伊藤遊★★★★

鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)

鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)


『ユウキ』を読んでよかったのでこちらも…と思い、長らく積読してきた山の中から掘り出して(^^;読んでみた…のですが、これがまたえらく面白かったです。
もう出だしからぐいぐいと引き込まれ、自分としてはあっという間に読んでしまった、という感じでした。

舞台は平安時代…学生時代、日本史が苦手で不勉強だったため時代背景などよくわからないところが多々…な私ですが、こんな私でも面白く読めました。
小野篁の少年時代を描いています。京都、五条橋に愛着を示す少女阿子那、かつての大将軍坂上田村麻呂に角を折られて、冥界から人間の世界へとやってきた鬼の非天丸、と魅力あふれる人物を描いてます。


あの世へ通じる橋を守っているのが、三年前に亡くなったときに帝からあの世でも都を守れ、と命じられた坂上将軍です。篁はふとしたことでこの冥界への路を開いてしまうのですが、もともとは死者が渡るための橋、彼の匂いを嗅ぎ取って二匹の鬼たちがすかさず、寄ってきてしまいます。
将軍によって鬼たちから救われて、もう二度とここへは来るな、ときつく申し渡されて帰っていった篁でしたが… しかし、篁が開いたこの路のせいで、今度は人界に鬼たちが引き寄せられ入ってきてしまいます。
片方の角しかない鬼、非天丸が人界へと来たのも元はといえばこのせいでした。この非天丸がこちらへ来た当初は話し方もたどたどしくて容貌もまさに鬼そのもので、人間とは程遠い存在だったのですが、だんだん変わっていく様子が目覚しかったです。
それもこれも、阿子那という少女に対する愛情と人間として生きて浄土に行きたいと願う、非天丸の心根に理由があったのしょう。
最初は火を通したものが食べられなくて、生きるために仕方なく動物を殺して食べるしかなかった非天丸。やむなくそれを食べたうえ、鬼の本性によって人間である阿子那を食べたいという衝動にかられ、涙をながしながらその衝動と必死で戦う非天丸。


それを知っていながら、知らぬふりの阿子那と、何も知らない(と思い込んでいる)阿子那に怖い思いはさせたくない、と慮る非天丸。
お互いを思いやるその二人の態度に、篁はその間に入り込めない自分を見出してしまう。二人に対してやっかみを抱いてしまったり、都が無くなればこんな橋など無用のものになってしまうなどと冷たく言ってみたり、なかなか素直になれない篁ですが、そんな彼もこの二人を通じてさまざまな出来事を経るうちに次第に変わっていきます。


平安時代という特殊な時代を舞台にしていますが、その中身を見てみると、一人の少年の成長の物語と、鬼と人間とのあいだに築かれた親愛の情を描いた物語という、シンプルでいながら最上の物語と言えるのではないでしょうか。
阿子那にとっての橋とは、鬼と人間のあいだにかけられた橋なのではないのかなぁ…などと思いました。
そしてそれは篁にとっても…。冥界の河にかかる橋とこの現実の五条橋とがダブるような気がしてなりませんでした。


篁にとっての橋とは、わたれない橋であり、決してとどかない橋でもあった、それは大事な人を亡くしてしまったばかりの孤独な篁と、阿子那と非天丸のふたりが象徴するような愛情にあふれた存在へとつなげる橋だったのでは…?


などと考えました。私のひとり勝手な思い込み、かもしれませんが。
この物語を読んでとても良かったです。平安という時代にすくう闇→鬼という存在を描いたファンタジーとしてもすぐれていると思います。
まだお読みでない方にも、是非お薦めしたいです。


[[[[*本のプロ レスより*

ときわ姫 > 私もこの本は傑作だと思います。ふつうの食べ物が食べられなかった非天丸がそれを隠して、そして知っていながら知らない振りをしている阿子那の愛情に、心を打たれました。ラストがとっても良かったし、多くの人に読んでもらいたいですね。 (2003/10/04 09:46)
北原杏子 > ほんとにそうですね… 非天丸と阿子那の愛情…
読み始めるまでは私もこんなに面白いとは思いませんでした。もっと早く読んでおけば…!と後悔しました。
今は「えんの松原」読んでますが、こちらも読み応えばっちり!です。 (2003/10/05 00:41)
ぺんた > 初めまして。阿子那に救われる非天丸と篁の二人の成長(?)と、最後にやっと橋を渡れたであろう坂上田村麻呂の行く末に涙しながら読み終えました。借りた本ですが、買う本候補になりました。 (2003/10/10 17:32)
北原杏子 > ぺんたさん、レスありがとうございます♪ 読み終えられたんですね〜 私も坂上将軍が橋を渡れただろうことを思うと、よかったなあと思います。 (2003/10/11 00:49) ]]]]