忘れがたい物語『ストラヴァガンザ 星の都』


ストラヴァガンザ 星の都

ストラヴァガンザ 星の都


この物語は私にとって、忘れがたい物語となりました。
タリアを訪れた、新しいストラヴァガンテ、少女ジョージア同様に。忘れられぬ、ある街を描いた作品になりました。


それはレモーラ。タリアという国の一都市でした。見開きにある地図を見れば、一目瞭然ですが、このタリアという国は、現実世界のイタリアそのものの地形をしています。
前作「仮面の都」は、ベレッツァという、水の都を舞台にしたお話でした。
水の上に浮かぶ美しい都市ベレッツァは、いうまでもなく現実の世界では、ヴェネチアに相当していました。
そして、今作「星の都」での舞台は、レモーラ。この街はイタリアのシエナに相当しています。
そこでは毎夏、人びとの興奮をもりあげる競馬が行われていました。
現実のシエナにもこの競技は存在するのですが、これをパリオと呼ぶのに対して、レモーラのそれは星競馬と呼ばれています。
パリオはその年の7月と8月のある日に行われ、対する星競馬は年に一回、8月15日のみに行われる競技です。


レモーラは十二の区に分かれており、区同士でのライバル意識によって、星競馬というお祭りは最高潮に達するのです。12人の騎手たちはもちろん、町じゅうの人びとがそれぞれの区にちなんだ色を身につけ、自らの区の勝利を祈って馬と騎手を応援するのです・・・


今度のストラヴァガンテ(時空を超えて移動する者たちの意)は、15歳の少女ジョージアです。その最初は、前作のルチアーノ(ルシアン)同様、ある日突然、護符との出会いによって、偶然の一致によってタリアにストラヴァガントしてくるのです。
ジョージアは再婚した母親と新しい父親ラルフ、そしてその義理の父の連れ子ラッセルとの間に多くの問題を抱えています。


ジョージアがタリアにストラヴァガントできたのは、こういった事情があったせいなのかもしれません。ルチアーノのときもそうでした。彼の場合は重い病気だったのですが。
ジョージアは身体は健康だけれども、心に影を負っている。いわば心の病気だったのかもしれないのです。


それがタリアを訪れ、さまざまな出来事に巻き込まれていくうちに、いつしか癒され、自分のもといた世界よりも、彼女の本当の家族よりも、ずっとずっとここタリアの、レモーラの町のことが、そこで知り合った人びとのことが大好きになっていました。
ルチアーノのときと同じく、ジョージアも元の21世紀の世界よりも、タリアというどこともわからぬ世界、16世紀の世界のほうにより重きをおくようになっていったのでした。


そしてジョージアはある役割をはたすことになる。それはタリアにとっても、ジョージアの世界にとっても多大な影響のでる出来事でした。
最初、それを知った時にはまさか本当にやり遂げるとは思わなかった。
ひとりの人間に、そういう行為が可能になるとは。思ってもみなかったのでした。
彼は、それほどこの行為に望みをかけていたのでしょうか。
すべてを捨て去っても惜しくないと思うほどに。


私はこの物語にまた圧倒されました。ここに書かれていることはすべて本当のことだ、とそう信じてしまいそうなほどに。それくらい、このタリアとそこに生きる人びとは私の心に迫ってきました。


馬親方パオロがジョージアに言ったことばが、いまでも心にのこっています。


「…どんなことだろうと、永久につづきはしない。……いいことも、悪いことも、だ」


現実に生きる私たちにとっても、身に迫って感じられるひとことではないだろうかと思います。

時のなかに生きるものたちにとって、逃れられることはないことばです。
別世界タリアと、現実の私たちの世界と…
そこに流れる時は、些細な違いこそあれど、そのおおもとは全く変わりありません。


ふたつの世界を行き来するストラヴァガンテたち。時空を超えての冒険の旅は、読者の心をとらえてはなさない魅力に充ちています。
その風変わりな冒険に心惹かれつつ、描かれた人びとはごくごく当たり前の心の働きをするふつうの人びとであることに気づいたとき、この物語は私にとって忘れられない物語となったのでした。


第三巻のタイトルにつけられた副題は「花の都」です。
タリア世界を席巻しようとしている、キミチー一族の町ジリアが舞台。新たな闘いの予感がします。