夢が物語に…「魔術師マーリンの夢」


アーサー王物語伝説 魔術師マーリンの夢

アーサー王物語伝説 魔術師マーリンの夢


アーサー王伝説に登場する謎の魔術師マーリンが岩の下に封じ込められ、深い眠りの中で見る夢の物語」(帯より)


何とも不思議な話でした。
ベースはアーサー王伝説に登場する魔術師マーリンの夢、という形をとっていますが、どうもそれだけという感じがしない。いろんなものの集大成という気もしました。


アーサー王伝説のマーリンは、アーサー王の誕生に関わったり、王につけるためにお膳立てしてやったり、魔剣エクスカリバーをあたえたり、とさまざまなエピソードがありますが、その最後についてはよく知らないままでした。


ニムエという乙女に夢中になったマーリンは、乙女に乞われるまま魔術を教えていた。ある時、マーリンはこの下には不思議なものが隠されていると言って、とある岩の下にもぐってみせたところ、ニムエが呪文を発動させてしまう。それきり、マーリンは岩のしたから出ることが叶わず、儚くなってしまったという… そういう話らしいです。


この本を書いた作者、ディキンスンさんはここのところで、マーリンは実は死んだのではなく、岩の下で夢を見ているだけ、という解釈をして、そこから先を自由に想像して書いたのだそうです。


それも、岩の下で眠っていたマーリンが時折、目が覚めて自分の生涯について回想する。その過去にあった出来事のイメージが、ふたたび眠りについたときに色をうつして、それが変形したかたちで夢になっていく、というふうになっています。
何とも説明がしづらいのですが。
各物語のあいまに挿入された章・・・目覚めたマーリンの回想のシーンはちょっと読んだだけでは理解しがたいものがありました。アーサー王伝説とはちょっと違うような感じをうけたりもして。いろんな伝説や民話・昔話の類が入っている気がしました。


マーリンの夢と夢のあいだに挟まれた各物語の章は、それぞれ魅力的でした。
「さまよえる騎士」「石」「剣」「隠者」「一角獣」「乙女」「王さま」「スキオポド」「魔女」と、九つの物語が収められています。


前にもどこかで読んだことがあるような、そんな物語。子どもの頃に、わくわくしながら本をかかえこんで読んだような…。ドラゴンや一角獣、姿の見えない騎士、森の奥の城に隠れた魔女などなど。
いかにも、おいしそう〜な材料が並んでます。
そうしてその通り、とってもおいしい物語なんですが。
それはただおいしいんじゃない、そこにはちょっとちがった香りもある。


たとえば、姿の見えない騎士をたおすのは、立派でさっそうとした騎士じゃない。中年で飲んだくれの、一見しょぼくれた騎士なのです。
たとえば、箱のなかにバシリスクを隠していると村人をだまそうとした男の末路は? それは何とも皮肉なものでした。
たとえば、体が小さくて他の子どもたちと剣で戦うゲーム(ちゃんばらごっこ?)が嫌いで、いつも逃げていたために韋駄天王子とあだ名をつけられた少年が見つけたものは? それはまさかと疑ってしまうような、空恐ろしい信じがたい真実でした。


ほかにもさまざまな物語が満載されています。
とくに私が気に入ったのは、6つめの話「乙女」でした。
主人公がある動物と・・・・という内容なんですが、ネタバレになっちゃうので、ここまでにします。とにかく爽快、でした。実際に読んで確かめてみてください。


指輪物語」の挿し絵で有名な、アラン・リーの美しい挿し絵がカラー、モノクロともに多数挿入されており、その魅力も余すところなく伝わってきます。
もう、非常に贅沢で、味わい深い本でした。
これだけ内容が充実していて、装丁も美しいこの本が、1900円とは安いくらいだ、と思いました。


これは、私のなかで上位のレベルに入る本の一冊になりそうです。永久保存版にしたいです。「指輪」とともに、ね…。


これを読んでから、T.A.バロンの「マーリン」の本について考えると、たしかにちょっと似た部分があると思いました。ある程度、マーリン伝説を踏襲した内容になってたのですね。私が気がつかないだけで。到底、この本の足もとにも及ばない、というか・・・次元がちがう話のように思えますが。こっちはじっくり味わって読む本ですね。
お腹いっぱいになります。(なのに、全然食べ飽きないんです)