つながりの物語・・・「プラネタリウムのふたご」

プラネタリウムのふたご

プラネタリウムのふたご

いしい作品、これで3作目になりました。これまで読んだなかではいちばん厚かったけれど、それも苦にならないほど、でした。人によってはダメな方もいらっしゃると聞いていたので、どんなものかと思っていたけど。案外、この世界が心地よかったのか、全く飽きるということがありませんでした。

題材がよかったってこともあるかな。プラネタリウム、星の伝説、手品師、銀色髪のふたご、と私の好きな要素が詰まってました。
冒頭からもう引き込まれた感じ。投影中のプラネタリウムに捨てられて(?)いたふたごの兄弟。母親らしい女性はすでにこの世になく――。身元もいっさい不明の状態で、残されたふたごを引き取って育てることになったプラネタリウムの解説員、泣き男。
ふたごはちょうど見つかったときに泣き男が話していた、テンペルタットル彗星にちなんで名づけられる。

テンペルとタットル… 彼らはいわばプラネタリウムで生まれ、育ったような兄弟だ。
つねに夜霧が晴れず、星空の望めない山奥の村にある小さなプラネタリウム。それだけひとつとっても、とっても魅力的な設定。
そしてそこで淡々と語られていく、ふたごの成長の過程。ベテラン解説員の泣き男に、村の人びと――化学工場の工員たち、郵便局員、村はずれに一人暮す目の見えない老女…
そんなとき、ふたごに運命的な出会いが訪れる。魔術師テオ一座の奇術ショー。夜毎のショーにふたごはただただ夢中になり… だが、これがもとで、やがてテンペルとタットルは別々の道へ導かれることに。

村と、テオ一座の元と、別れ別れになってしまったふたご。ふたりのその後の物語に、魅せられるように読みました。
テオ一座のもとで手品の腕を磨くテンペル。村でプラネタリウムの解説をしながら生きていくタットル。
ふたりの道は違えども、それは全くつながりの切れてしまったものではありえなかったのです。見えないところでつながっていた、と思うんです。

とくにタットルが、北の山で会った「まっくろいおおきなもの」…禁をおかし、許されぬ罪をなしてしまったタットル。あの村はずれの家に住む老女の言葉が印象的でした。
目が見えないくせに、何もかもがわかっていたような老婆。本当に最後まで用意周到で… 万端ととのった状態で迎えた… あの時、老女がタットルに言ったことば。つけがいずれやってくる、それもいちばんひどい形で、という。それはそれは印象的なことばでした。

テンペル側では、奇術師テオを筆頭に、兄貴、妹、うみがめ氏、と魅力的な人物がいっぱい。中には人じゃないものもある。馬のプランクトンに熊のパイプに、そして犬(名前はなかった)。彼らも立派なテオ一座の一員でした。
テンペルはじきに才能を発揮し、一座にとってなくてはならぬ存在になる。彼のした手品は、まるで本物の魔法のように、夢があって、突飛もなくて。実際にはこんな手品ないんじゃないか、と思いながら、でも魅せられてしまう。そんなマジック、魔法なのです。
その舞台を見ている人々は夢のただなかにいる心地、快くだまされた者が真の幸福者という、そんな手品でした。

長い、長い物語でしたが、私はそのテンペルの手品ショーを見る人びとのように、また初めてテンペルとタットルが手品ショーを見た夜のように、ただ理由もわからず、魅せられる…そんなふうでした。

結末は、ちょっと思いもかけなかった展開で、ええ〜っ!?って感じでしたが。でもその幕切れも、すでに予告されていた事だったなんて! ああ、そうか、あの言葉は、そういう意味があったのか、と。
タットルが最後にやり遂げたこと。自分で刈り取り、おさめた、そのシーンは、素晴らしかったです。悲しいけれど、透明な美しさに満ちていた。あのひとことで救われた栓抜き。彼はその後、どんな人生を送ったことでしょうか。

そしてタットル。依然とあのプラネタリウムで、星を映し、伝説を語っているのでしょうか。プラネタリウムのドームにうつされた星ぼしのきらめき、それにまつわる伝説を。そこにはあの銀色髪の少年がつねにいて。彼らふたりの絆は切っても切れないものだと、そういうのでしょうか。

プラネタリウムに生まれたふたご。彼らふたりをつなぐもの… それから他の人びととの間にかけられた架け橋のようなもの。
夢を信じ、かたちのない存在を受け入れる村の人びとにも、自らの手で魔法を生みだす手品師たちにも、それからテンペルの手品を楽しみにしていた病院の子どもたちにも、つねにあったあの星空。ただ頭上にあり、無言で語りかけてくる存在があったから…。だからよかった。ただ黙って、星空を見上げているだけで、何か心までつながるようで。
このつながっているという感じはいいですね。無限にひろがる星月夜のもとで、つながっていく心と心。星と星のあいだに架けられ、編み出された星座の物語のように。人知れずかがやいている星空に思いを馳せました。 

決して派手ではないながら、じわじわと感動がつたわってくる、いいラストでした。物語の感想としては、甘いかもしれませんが、素直にその感動に酔っていたいのです。
私もいしいしんじさんの描く魔法にだまされてみたい、と思いました。プラネタリウムにも惹かれます。もちろん本物のの星空にも…。

そして魔法…。小手先だけを使った手品だけではなくて、日常のなかで誰しもが知らずに使っている魔法があるというの… テオ座長の好んで使う言葉のようですが、六本目の指がつながっている、という。ここにもひとつのつながりがある。テンペルとタットル、テンペルと栓抜き、その他の人びととのつながりが。

星空を見上げたときと同じ感動がそこにあるのだということ。それを強く感じました。重ねて言いますが、これからもいしいさんの魔法にかかって、ずっと夢を見ていたい。
現実にはありえないような内容だからこそ見えてくるものもある。それが、いしい作品が大人のための童話、お伽話のようなものだと言われる所以なのかもしれません。