「きみの友だち」

きみの友だち

きみの友だち


また、私のなかの重松清さんの評価があがった、いまはただただそんな思いでいます。

この本はもう最初の最初からひきつけられ、本をおくことが難しかった。どうしても中断しなければならないときは、心を半分おいたまま、そんな感じ。

この本には、思春期に入った少年、少女がたくさん描かれています。そのなかで、いちばん初めに書かれた少女が輪の中心にいて、そのまわりをいろんな子たちが行ったりきたり。
時間軸もさまざまで、行きつ戻りつでした。

小学生の頃の事故で、足が不自由になって一生、松葉杖が必要になってしまった恵美。
そんな恵美と友だちになった同級生の由香。彼女は体が弱く、しょっちゅう入退院をくりかえしている、クラスでも目立たない女の子。
杖で一歩一歩ゆっくりとしか歩けない恵美と、動作も鈍くていつもうつむいて歩いているような由香。ふたりはクラスのほかのみんなから離れたところで、ゆっくりした自分たちのペースで動いている。
みんなは軽々とふたりを追い越していく。恵美と由香のことを意地悪な目で見ていた「みんな」。

恵美は「みんな」っていうのが、いちばん嫌いだった。「みんな」でいるうちは、友だちにはなれない。
だから離れているのだと…。

恵美と由香は「みんな」から完全に離れた位置で、傍観者として見ていた。病気を治したいという由香といっしょにいる時間を最優先していた。

でも時々、その「みんな」から離れて、彼女たちふたりのところに近づいてくる子たちがいたのです。小学5年生でふたりが友だちになってから、中学3年生になるまで。何らかの理由で「みんな」からはじかれ、近づいてきた…
そんな彼らを恵美は受け入れるでもなく、それでいて拒絶するでもなく。くるものは来れば?みたいな。

その突き放し方が、とても快かった。一見冷たいようだけど、その芯には温かさがある。自分は自分、他人は他人、という考え方が。厳しいようだけれど、本当はいちばん優しいんだと思います。
「みんな」はいろいろ言うだろうけど、それは自分には関係ない。どんな扱いを受けようが、自分は自分でしかないから。「みんな」の一部にはなれないから。

その考え方、私はよくわかりました。
私もかつて「みんな」からひとり離れて、傍観者でいようとしていた時期があったから。
ただ自分の夢中になれるものを追いかけて。「みんな」につきあって、自分に無理をするよりも、そのほうが何十倍も気が楽だったから。時々、ひとりでいる自分をふりかえり、愕然となることもあったけれど。
たいていはそれよりも好きなものに集中してましたから。

ふりかえってみれば、私には恵美のような強さはなかったかもしれません。
でも、でもね。恵美だって、最初はそうじゃなかったんです。由香という存在があったから、変われたんだと思うんです。由香をかばうように、必死で強くなったんだと。
恵美はそういう意味では、ひとりぼっちなんかじゃなかった。由香とふたり…。
いっしょにいることで、どんなことにも耐えられた。

恵美と由香をとりまく人間模様にも惹かれます。
小学生の時、中学に入ってから… 彼女らふたりに近づいてきた子たち。
そして、恵美がやがて成長して大人になって。弟のブンが今度は中学生となって、いろいろなことに悩む。転校生で入ってきたモトのこと、中学に入ってからサッカーをはじめ、いいコンビになったこと。
勉強でもスポーツでも、追いつ追われつの関係。そして彼らふたりを取り巻く少年たち。憧れ、嫉妬、後悔… ありとあらゆる感情が、ふたりを追いかけてくる。

恵美と由香、そして彼らに時折近づいて、また離れていった少女たち。
ブンとモト、ふたりを取り巻く少年たち。
痛くて、せつなくて。思春期の子どもたちに突き刺さってくる、ナイフのように切れる言葉、態度…。

交互に語られていく物語。そして語り手は「ぼく」という人物。この「ぼく」は作者、重松さん自身を投影している人物のように思えました。
悩み苦しむ少年・少女たちを「きみ」と呼び、淡々と彼らひとりひとりの物語を語っていく。

「きみの友だち」・・・なんて優しい言葉かけなのでしょう。とても深いところで理解し、受け入れてくれている、そんな気がしました。

最後の章で、「ぼく」という人物の正体が明かされます。今までに描かれたたくさんの「きみ」たちの物語が、ここで一点に収束されていきます。

心に、ぐっと何かが届きます。自然に涙腺がゆるんでいってしまう、重松さんが贈ってくれた言葉たちが、心にがっちりとぶつかって、するっと入り込んでしまいます。

恵美は由香に出会えて、幸福だった。由香もまた同じで・・・「もこもこ雲」に囲まれて、にっこり微笑んでいるすがたが目にうかびそうです。
いえ彼女自身が「もこもこ雲」なんですよね。その「もこもこ雲」に惹かれるように集まってきた者たち。
恵美もそう、それから彼女の級友たちも。「もこもこ雲」の由香に救われた。いいよ、と受け入れてもらえた。

こんな経験、そうありっこない。きっと彼らはこのあと一生、忘れることはないでしょう。
そんな人間関係を築くことができた恵美たちを、心底羨ましく思いました。

重松清さん・・・こんな物語を書けた重松さんは、いったいどんな人なんでしょうか。きっと物語のなかの「ぼく」のように、たくさんの少年たちのように、不器用で、でも優しくて。そんな人にちがいない、私の想像がふくらみました。

これからも追いかけていきたい作家さんになりました。