朱川湊人「かたみ歌」

かたみ歌

かたみ歌

朱川さん2冊目です。
これも懐かしき昭和時代のお話でした。私自身にとってはちょっぴり上の世代なんでしょうけど。わかるものはあります。
懐かしくて、どこか物悲しい・・・

東京の下町を舞台にした連作短編。どれも味わい深くよかったです。
一編一編を独立して読んでもよいのですが、おしまいまで全部読むと、だんだんわかってきます。この町に住む人、起こった出来事の数々が、鮮やかに映し出されていくような。

アーケード付きの商店街には昔懐かしいお店がたくさん軒を並べており、いまと違って不便さもあっただろうけれど、それ以上に人と人とのふれあいというものがあったのでしょう。
まるでテーマソングのようにながれているという「アカシアの雨がやむとき」。残念ながら私は全く知らないのですが、きっと何ともノスタルジックないい歌なんでしょうね。
と、想像するしかないのが悲しいですが。他にでてくる歌についても同じで、いまいちピンとはこなかったけれど、そういう時代なのだったのだろうな、という想像はできます。

個々の短編に様々な人びとが出てきますが、なかでも印象深いのはやっぱり、幸子書房という古本屋のご主人。眉が10時10分の形になっているというの… 芥川龍之介似のご主人です。一見怖そうに見えて話してみると人懐っこいという。いいですね。
この人を主軸にして、様々な人びとの人生がつかのま描き出されていくのです。
それぞれの短編の時間の順番もバラバラで、最初はその形が見えてこないのですが、読んでいくうちにだんだんわかってきます。それぞれの話があっちとこっちがつながって、というような楽しみを見つけることもできます。こういう話は大好きです。

覚知寺というお寺のどこかにこの世とあの世をつなぐ入り口がある、という話も、いかにもありそうな感じがしてきます。作者の筆致のおかげでしょうか。ふしぎなことをとりたててふしぎとも思わないような、主人の人柄…何ともよいですね。

ラストで、やっとこの芥川似のご主人の過去のお話が明かされます。そうだったのか〜!と。つらく悲しいことでしたが、最後にちょっとだけホッとしました。あの話のあの子がでてきて〜、これも痛ましいことではありますが、せめてあの世では幸福であって欲しい、と願わずにはいられません。

「かたみ歌」というタイトルの意味を考えると、心がじーんとしてきます。人生いろいろ・・・人それぞれ、人の数ほど物語があるんですね。
読み終わってから、あらためて表紙、裏表紙の絵をながめ・・・はっと気づきました。昭和の町の背景に、現代のビル街があることに。うかつにも今まで気づいてなかった。この町はもうまぼろしのようなものになってしまったのだろうけれど。きっと人びとが記憶している限り、その町は存在しているのだろうと思います。
記憶のなかの町・・・だれでも自分だけのそうした町を心のなかに持っているのでは?などと絵をながめながら思いました。