恒川光太郎「夜市」

夜市

夜市

「夜市」と書いて、よいち、と読みます。夜店の市場バージョンでしょうか。と思ったら、これはふしぎな、この世ならぬ場所にある市場だそうです。ひっそりとだれも訪れないような寂しい場所に、突然やってくる夜市。

その訪問を教えてくれるのは、蝙蝠だったり鳥や虫だったり。いつ来るのかもわからない。あるとき、ふっと空気中にただよう匂い、雰囲気みたいなものが感じられるようになるのだそうです。いちど夜市を訪れたものにはかならず次回を予感するようなものがあるそうで・・・ それはもしかしたら、いつの間にかそのひとの血や肉体のなかに深く刻み込まれた言葉、なのかもしれない。

高校を中退した裕司に誘われて、同級生のいずみはこの夜市に足をふみいれることになる。それと知らずに。いわば騙されたような格好になるのかもしれないが・・・

そこには、ある深い理由があった・・・。かつて、弟といっしょに初めて、夜市に紛れ込んでしまった裕司。この市場にはあるルールが存在する。ここにいったん、足をふみいれた者はだれでもかならず何か物を買っていかなければならないという。そうでなければ、夜市をでることは出来ないのだと。

これはまた恐ろしいことですね。たまたま足をふみいれたばっかりに、全然予備知識も何もわからないままにそんな事態になっちゃったら。おまけに市場の品物はみんな高くて、まとまったお金がなければどうしようもないでしょう。お金、もしくはそれに代えられるものが・・・。

そのとき裕司のとった選択。それによって、二回目の時を彼は同級生のいずみとともに訪れたのでしたが。ひょっとして、裕司は・・・その気できたのでは?と浅はかな予想をしてしまった私だけど、全然違ってた。そして最初、ただの通りすがりと思ってたひとが・・・だったのでした。

幻想的な雰囲気で、とっても好みの話でした。
そしてそれは同時収録の「風の古道」についても全く同じでした。より現実感がうすれ、あっちの世界へいってしまったような感じ。いいなあ、あの世界。私も行ってみたい、と思いました。

日本に古くからあるという、あの道。風の古道だなんて、すごく素敵なネーミングですね。
主人公が、桜の季節に迷い込んでしまった道。そのときは自宅へと続いていたのに、それが限定的なものだったとは。新鮮です、そしていかにもありそうな感じ。

後日、主人公の「私」は友だちのカズキとともに悪戯心でこの道にふたたび潜りこんでいくのですが、ふたりの少年たちはこれにより、手ひどい痛手を受けることになります。
この行為はとんでもないことだったのですね。道のわきに開かれていた宿屋の主人に聞いて青ざめるふたり、です。

その世界には、縦横無尽にひらかれた道があるのだという。そのすべてを網羅するものはおらず、近頃はその出入り口に異変が生じ、いつ閉じてもおかしくはないと・・・。永久放浪者と呼ばれるものは、その道をたどって旅をする。ふたりの少年たちが偶然、出会った青年もそのひとりであり、彼には思いがけない出生の謎があったのです。

そのレンという青年が、私は本作でいちばんのお気に入りです。彼がなぜこの道を旅しているのか、その理由を知ったとき、ものすごく気になる存在になりました。現実の世界というものを全く知らない彼。その彼が、少年たちを手助けしながら、旅していくその道はたとえようもなく静かで、人の手の及ばぬ地にあります。

ラストもよかったです。それこそ、思いもよらぬ展開で。こういうことだったのか、と驚く喜びがありました。

これは中篇ですが、ものすごく世界を感じさせる話ですね。先の「夜市」もそうですが、この話でより強くそれを感じました。道を通り過ぎる人ならぬものたちの行列など、幻想的で、日本古来の「百鬼夜行」を思い出させます。漫画家の今市子さん的世界、ですね。

道の上にいつも覆いかぶさっている木々というのも、もとはといえば・・・なんですね。あのふしぎな種。それはどういった経緯で、そのひとに渡されるのでしょうね。

二作を通じて思うことは、非情に絵を感じさせる物語だということ。これはこういうふうな情景にちがいない、といろいろ想像する、楽しみも読者に与えてくれます。

すごくよかったので、久々に星5個をあげたいです。「風の古道」だけにあげてもいいです。この作者の次作がすごく楽しみです。またこういう世界を見せてくれるといいのですが・・・期待してます。