朱川湊人「都市伝説セピア」

都市伝説セピア

都市伝説セピア

都市伝説をテーマにしたホラー短編集。まず、「都市伝説セピア」というタイトルのつけ方、いいですね。どんな話なんだろうと、興味を抱かせます。

5編の短編が収録されています。

アイスマン
これはのっけから不気味な雰囲気でした。「『河童の氷漬け』というものを見たことがあります…」という冒頭の文章から、もう惹き込まれている感じ。神社の夏祭り、見世物小屋、トレーラーに隠された河童の氷漬け・・・なんてミステリアスで、そして畏怖すら感じる内容でしょうか。ラストにゾッとしました。こっち側にいた人が向こう側に行ってしまった瞬間でした。

「昨日公園」
私はこれがいちばんよかったです。何とも切なくて、ぐっとくる。時間がループしてしまう公園で、偶然それを知った主人公が、何とかして友人の死を避けようとする話。何回も失敗して、今度こそ!とやり直しするところは、ちょっと「リプレイ」を連想させます。主人公の少年の気持ちを思うと何ともやりきれないほど切なくなります。でもって、あのラスト。あれで泣けないってのはちょっとないでしょうね。私もちょっとほろっときました。オレンジの種、というのがまた効いてました。

「フクロウ男」
これを読んで、私は乙一を連想してしまいました。何となく、ですが…。この作品がこの「都市伝説セピア」という短編集の中核をなすであろうことは、容易にわかりますね。まさに、都市伝説を真っ向から描いた作品でした。「口裂け女」や「赤マント」のように、自ら体を張って都市伝説を作ろうとした男の物語。その名も「フクロウ男」。最初はおそるおそるだったのに、だんだんエスカレートしてきて・・・ついに手を引けないところまでいってしまった男は、単なる変質者とは違うでしょうが、やっぱり怖いです。伝説を信じたいという気持ちはわかるのですが…。夜道で出会ってしまったら・・・と思うと。まぁそれこそが、男の思惑だったのでしょうけど。ラストにやられてしまいました。そうだったのか!

「死者恋」
これも不気味な話でした。死体を描くことで有名な女流画家の話。どうしてそんなものを描くようになったのか、それは少女の頃に出会い、以来傾倒してきた、ある男のせい、だったのでした。彼女と同じようにその画学生を愛する女しのぶが取った行動は、ただただ恐ろしく、狂気に彩られたものでした。ラストの展開は、やっぱりお約束なのでしょうか。

「月の石」
これも切なさと、悲哀がこもった作品でした。男が毎日通勤ラッシュ時に、とある路線沿いに通りすぎるアパートのベランダで、必ず見てしまう人影。見たくなくて、でも見てしまう心理。怖いもの見たさ?それとどうして?という疑念も?その真相はいかにもホラー、呪術めいたことでした。見る人の心理に働きかけ、そうと見させてしまう物体。
どうしてまたそんなものが在るのやら、全くわかりませんが、誰しもそんなのは願い下げでしょうね。男の妻の話もまた切なかった。あの問題(延命か、死かいう)に関しては、だれでも結論をだせないのでは?月の石、というのは大阪万博で公開されていたものですが、それと絡めて、ノスタルジックに仕上げていると思いました。

全体的に、ホラー、切なさ系ということで、乙一を連想しました。直木賞を受賞した『花まんま』やそれに付随するような作品群からは想像もつかないようなものでした。いい意味の意外性でよかったですけど。

この本は4月に文庫化されるそうです。できたら文庫を買って保存版にしたいですね。