永遠の恋人たち・・・「海鳴りの石2 −呪われた石の巻−」山口華

海鳴りの石〈2〉呪われた石の巻 (グリーンファンタジーシリーズ)

海鳴りの石〈2〉呪われた石の巻 (グリーンファンタジーシリーズ)

2巻目です。1巻でレープス諸島の世継ぎフェナス・レッドになりかわって色々な出来事に巻き込まれた「僕」。現実世界に戻ってきて、さてというところですが。現実世界で「僕」は親父の書いた原稿を読み続け、その後のレープス、フェナス・レッドのようすを見守りつづけます。

本文はフェナス・レッド視点の文章ですが、その時々に思い出したように「僕」の視点が入るのです。ずっと忘れてたけどそういえば、「僕」も私と同じようにこの本を読んでるんだわ、と気づいたりして面白かったですね。
そういう意味で、ちょっとエンデの『はてしない物語』を想起したりもしました。
バスチアンのように、「僕」にも何らかの影響力があるのか、と思ったのですが。
その時々で、二人の意識が交錯する場合があるようでした。

この巻での“いちばん”は、やはりフェナス・レッドとサティ・ウィンの再会のシーンでしょう。花祭りでのシーン、美しいイメージがあります。仮面舞踏会のように、お互い何かの扮装−レッドが世界樹の息子の扮装、サティが白い花の乙女の扮装−をして躍るのです。かけあいのように男女で躍りながら歌いあう、そのやりかたはまるで求婚のやりとりのよう。添えられた詩もよかった。まるで日本の古典の世界のようで。

この場面のほかにも、詩がとても大きな位置を占めています。印象的場面にはほとんど詩が使われている場合が多いので、イメージがしやすく情感たっぷりな感じで、詩だけで通読してみたいくらいでした。

レッドとサティの想いがとても哀しく、胸にせまってきます。
“我去りしとて思いも消えしか?”
“いいえ、決して決して消えはせぬ”
“されどいつかは消えゆくものか?”
“いいえ、決して決して消えはせぬ”
夢のように美しく、そして哀しい二人だけの世界。このときは、永遠に二人の心深く、刻まれたことでしょうね。

王女を気遣う、悪役クライヴァシアンの息子テルンドも、いい人柄をしていました。あの父にしてこの子あり!って感じで。逆の意味で思いました。

2巻ラスト。「僕」やってくれましたね!まさかこんなことになるとは。そして水が大きな意味をもっているようで、興味深かったです。それは石の行方についても。これからどうなってしまうんでしょう、と期待を抱かせてくれます。で、またまた物語世界へ突入してしまった「僕」。フェナフ・レッドとして以上に、「僕」というひとつの人格として、サティ・ウィンを愛しているということ。その思いは本物のフェナフ・レッド以上のもののようにも感じられました。クールで知的な世継ぎの君であるフェナス・レッド…本物の英雄そのひとよりも。
「僕」にとっては、もはやレープスはたんなる物語世界じゃなくなっています。自分自身を投射できる世界、分身の住む世界。これは一種のパラレルワールド的なものもあるのかもしれません。両者が鏡像関係にあるかのように。

そうしてこの世界は伝説につつまれた国でもありました。フェナス・レッドが訪れた聖峰フェイルファン。〈山の民〉という人びとが住まう地には、不思議がひそんでいました。そして廃市と美しい名まえで呼ばれるウィーエンテでの不思議の数々。ウィーエンテの岸辺で踊るふたりのすがた。それは夢のように美しかった。フェナス・レッドの父親シャトーレイ公と北の大陸出身のライティース、フェナス・レッドとサティ・ウィン。〈黒衣の君〉デール・パイノフとサン・サティエス〈輝く星姫〉のように。
躍りづづける、テリースとロルセラウィン。これは永遠の恋人たち、ですね。すべてがひとつに重なって見えました。夢幻のなかで見る美しい光景のように。