「海鳴りの石3下−動乱の巻−」山口華

海鳴りの石 (3下) (グリーンファンタジー (4))

海鳴りの石 (3下) (グリーンファンタジー (4))

「海鳴りの石」第三部、下巻です。これは上巻より、あっというまに読めました。
結論からいうと、本当に長い物語を読んだな、という感想でした。まさに、ファンタジーらしいファンタジー。王道をゆくストーリーですが、それに「僕」という現実の世界の人間の視点を織り交ぜることでまた違った印象を生んだ、という感じです。
その入れ替わりが忙しかった感はありましたが。最初は違和感がどうしてもあって、「僕」の視点の部分は字体を変えるとか、フォントを大きめにするとか、色を変えるとか、一目で違うということがわかるようになっていたらなあ、とも思いましたが。(たとえば、エンデの「はてしない物語」のように)・・・それも読んでいくうちに慣れました。

入れ替わりが起こるのは、二人の意識が交錯しているときで、たいていは海に落ちるシーンから。この“水”というのが重大なポイントとなっています。海竜、海の女神、〈流れる潮の女神〉、そして海鳴りの石、と。レープスがまわりを海にかこまれた、島国だということもあるでしょうし、船乗りの民という、珊瑚の玉を使って妖しい技をなす民たちのことも思い出されます。

その水の流れは、同時に架空の世界であるレープスから、「僕」が住む現実世界へとつながる道でもありました。非現実の世界へとつながる入り口のようなものでしょう。たとえばナルニアの洋服ダンスの扉のように、「はてしない物語」での本のページのように。
その法則にしたがって、「僕」はフェナフ・レッドとして、レープスへいく。その世界での騒乱を鎮めるために…です。そういう意味で、ファンタジーの王道だと思ったんです。

前巻からつづく騒動、レープス諸島をめぐる戦いの輪が、ここに閉じようとしています。
あらゆる登場人物に無駄なものがなく、みごとに終息へと向かっていくのをながめているのは、物語を読む醍醐味でしょう。

ずっと自身の運命を否定し続け、ただの人として生きることにこだわってきたフェナフ・レッドも、水が上から下へ流れるように、ごく自然に戦いへと身を投じていきます。
そして現実の世界とかけ離れたあの奇妙な洞窟で、必死に次の手を打とうとしていた「僕」も・・・三たび物語世界へともどってきます。

そして最後に出てくるのは、あの「伝説の大槍」です。まさしく、出てきたか!の感が強いのですが、それでも最後まで楽しめました。あの暗い洞窟の世界で、移転したフェナス・レッド本人が放ったもの。これまた以前から目についていた物ですが。こういう使いかた、好きですね。
デール・パイノフ、黒衣の君。彼はレープスの過去の英雄であると同時に、風甘い国への導き手でもあるのでしょうか。

この感の表紙絵を見たときから、不吉な印象を受けてはいましたが。細部まで見ていなかったせいでしょう。その点には全く気づかず。迂闊でした。

大団円に向かって収束していく事態。そのこと自体は良かったけれど、私はやっぱり最後にちょっと不満が残りました。
物語としてはあれでいいのでしょうけど。伝説のかなたへと去っていってしまった彼。
やっと、ってところだったのに。彼については、幸福になって欲しかった気がします。

そのほかの人びと。サラン・サチムとトリオーナ夫人との秘められた恋とか、リーズの恋心とか、恋人と別れたままになってしまったサティ・ウィンのこととか。その後の彼らがどんな生涯を送ったのか、気になります。

もちろん「僕」のその後もです。ラストで、うたう潮にのって自分の使命をやり遂げた「僕」。
あのうたう潮、というのも水の流れに関するもののようでして。描写がとてもとてもよかったです。ちょっと上橋菜穂子さんの守り人シリーズの第一作を思い起こさせる感じで。好感もてました。

その「僕」はレープスから離れたあと、どうなったのでしょうか。またお父さんの書く原稿を読ませてもらうんでしょうか。その創作メモで、続編のことなどをちらりと匂わせていましたが、どうなるんでしょうね?
そして、レープスの〈新しき王〉についての記述。まさしく「僕」ならずとも、ひどいや!と叫びそうになりますね。せっかくすべてがよいようにおさまった、っていうのに。
何のための〈新しき王〉だったのかわからなくなります。その点については、作者さまにお恨み申し上げます。・・・ハッピーエンドが好きな私のたわごとです。神話と伝説に彩られたレープスの物語。もっと多くの人に読んでもらいたい作品だと思いました。とくに、古いファンタジー好きのかたへ。一回、お手にとってみられてはいかがですか?