「崖の館」佐々木丸美


崖の館 (講談社文庫)

崖の館 (講談社文庫)


昨年の12月25日にお亡くなりになった、幻の作家とも言われている佐々木丸美さんの本を読みました。
きっかけは、この度「佐々木丸美全集全18巻」が復刊される運びになったことから、でした。
私は文庫を数年前に古本で集めて(オークション等で)いたのですが、ずっと積読の山に入ってました。
それをいい機会ということで、紐解いて読んでみることにしました。

そのまずは一冊目。「崖の館」です。


佐々木丸美さんの文章は独特の雰囲気をもっているので、最初この世界に入り込むのに時間がかかったことを白状します。
そのうえで、私は思います。やはり佐々木丸美さんの世界は素晴らしい!私は好きだなあと。


舞台は北海道、襟裳岬近くにある百人浜
この百人浜というのは、悲しい伝説の地で、その由来は江戸時代に南部藩の大型御用船が難破し、この浜で息絶えた乗組員が100人を数えたという…その悲しい歴史に由来しているそうです。いまはオートキャンプ場やゴルフ場があったりと、作品のイメージからはかけ離れてしまうかもしれませんが。
丸美さんの作品からは、荒涼とした、訪れる者もない崖の上にたつ孤独な館、というイメージが読みとれます。


この地に立つ崖の館でおばさんに育てられた千波は中学校卒業後は学校にもいかず、ずっとこの孤独な館で本を読み、静かな生活を送っていました。その千波の5人のいとこたちが、毎年冬休み、夏休みにそろってこの館を訪れるのが唯一、賑やかな時、というくらい?
いとこたちはみな仲良く、おばさんを手伝って、当番を決めて自炊したり、館に置いてある文学の本を読んだり、絵を鑑賞したり、楽しい日々を送っていたのですが…それは二年前までのこと。


二年前に起きた悲しい事故。崖から誤って海へ落ちて死んでしまった千波…彼女の死以来、館には暗い影がさしています。今また、いとこたちが館に集まってくる時がきて。暗い予感のこもった館で、またあらたな殺人の気配が満ちてくるのです。


孤立した館での殺人事件。ミステリではよくある、お定まりのパターンのようですが。でも、佐々木丸美さんの文章にかかると、まるで違うイメージ。
文学的香りがそこここに漂っています。主人公の私、涼子はどちらかといえば、文学なんてわからない、ごく普通のおてんばな女の子。いとこのなかでも末っ子で、甘えっ子で、お姉さん、お兄さんたちに可愛がられているという感じ。


千波、涼子、棹子と、そろって海に関する名前をつけられた三人の従妹たちはいつも仲良く、お互いを信頼しあっていた。そのなかでひとりだけ海とは関係ない名づけをされた、由莉。この少女は勝気でわがまま、何かというと反発して、他のいとこたちの中でもひとり浮いてしまっている。
でもその本質には孤独なものも持っているという、そんな少女です。


あとの4人は男のいとこたち。
上から、研、真一、哲文… このうち研さんと千波は愛し合うようになり、おばさんにも認められて結婚の約束もしていました。
真一は父子でスーパーマーケットを経営しているしっかり者。哲文は、その名がしめすように、文学や哲学に深い造詣をもつ、考えの深い少年。浪人生で、医大への入学をめざしてているけれど本心は美術の道へと進みたいと思っている少年で、涼子ともっとも近しい関係にあります。


この6人のおばは財産家。なのにこの寂しい地で、世話をしてくれる老夫婦とともに、ひっそりと暮らしています。両親を事故死で失った姪の千波を引き取って、可愛がり暮らしていたのに、その千波を亡くすという悲しい事件に遭い、未だ深い悲しみに包まれている、そんなイメージ。


そんなおばさんと5人のいとこたちはこの冬、また休みを館で・・・事故死した千波の霊が、未だ漂っているような、この館で休みを過ごしにきたわけです。
その館で、ふたたび起こったミステリー。その謎の行方を追って、ストーリーが進んでいきますが、そのあいだあいだにはさまれた、推理に関する考察がまたすごいんです。まさに本格ミステリの世界です。それもトリックに頼ったものではなく、心理ミステリという感じで。この部分でも惹きつけられます。


それでいて、百人浜のイメージに代表されるような、悲劇的な千波の死に起因する、文学的イメージ。
これら二つがあわさって、ある独特の雰囲気を構成しているのです。


文章がまた美しい。涼子の視点で描かれているので、概ねがその視点から書かれたものなんですが。
時折、はさまれるモノローグのような文章。それがまたなんともかっこよくて、美しくて、儚い夢のような文章で。それにまた惹かれました。



「遠く暗い地の果てからおしおせてくるうねり、潮にのって殺意のメロディを奏でる海の竪琴。夜の五線紙が譜を記憶し限りなく冷たい地獄のプレリュードが完成する。吹雪の鍵盤が人の世の哀れを詩い渚の絃が妖しい恋を弾く。すて去ることのできない怒りは偏光する灯台の火に導かれて斜めに深海へ落ちてゆく。それでも非情の風の指揮者は夜の闇にだまされたまま巨大なオーケストラを統合してゆく。」



とまあ、こんな感じで。おお!すごい!!と思ってしまいました。これらのなかに、登場人物たちの心の葛藤がよく現されているような気がしました。

推理小説としての帰結はもちろんですが、主人公の私こと涼子がだんだん追いつめられていくようすを描写した文章は、本当に真に迫っていて、手に汗握りながら読んでいました。
本当に、誰か助けにきてよ!とともに叫びたいくらいでした。


登場人物の心理によって話が進められていく、ミステリだからかもしれませんが。主人公の心理、犯人の心理、はたまた彼らをとりまく各登場人物たちの心理がよく描かれていて、一気に読ませるものがあります。


この雰囲気にのれたら、きっとね、この作品はその人にとって思い出深いものになると思うんです。私にとっても、そうなりそうです。