「水に描かれた館」佐々木丸美
- 作者: 佐々木丸美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1988/09
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 1回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
「崖の館」の続編。館シリーズの2番目の話です。
前作で起こった事件、二年前の千波の事件と、その後起きた2人のいとこたちの事件はそれぞれ事故ということで落ち着きました。
けれど、それだけでことが収まることはなく…。
春の嵐に翻弄される館に、財産目録作成のために5人の客たちが集まった。依頼したのは4人だったはずなのに。何か手違いがあったのか?それとも?
“招かれざる客”は誰なのか?その目的は?
鳴り響く大時計の鐘の音とともに、ゆるゆるといままた禍々しい殺意の影がしのびよってきていたのだった・・・
と、ストーリーを簡単に言ってしまえば、そんなふうになるのですが、本当のところ、とてもそんな言葉だけでは言い尽くせない、という感じです。
大枠ではサイコ・ミステリーの範疇に入るのだろうけれど、決してそれだけではない、大きな魅力をもっています。
何より、文章のひとつひとつに含蓄があり、ひとことも読み飛ばせない感じがします。
前作でも出てきた絵画、“黒衣の少女”の肖像画が、ここでクローズアップされています。初めて、黒衣の少女のモデルになったとされる少女の存在が明らかにされ、その物語が描かれます。
黒衣の少女と千波の関係が、ここで明らかになるのです。
そして、前作で見つかった千波の日記が1つだけでなかったことがわかります。第二の日記の発見。
それを読み、いとこの涼子の気持ちが揺れ動きます。
黒衣の少女と千波の関係を知って。また、例の客の一人、吹原との間に立たされて。
初めて会って一目で心惹かれた相手。その相手にとって、自分に与えられた役目とは…
なんとも切ないものでした。
黒衣の少女から千波、そして千波から涼子へと渡されたあるもの。
本当なら、千波が会うはずだった。わずかに間に合わず、彼女は旅立ってしまっていた。涼子は遠く隔たった二人の間に立って、きわめて酷な役割を果たさなければならなかった…。
いずれ事件がぶじ解決されたら、館を去ってしまうだろう相手に、叶わぬ恋を抱いて… 涼子の苦悩。超心理学を研究する吹原に、心理テストをされる涼子の心が、その答えに見え隠れする。
・・・・・・・
「黒衣の少女」
恋。
「黒衣の少女」
輪廻。
「黒衣の少女」
巴田さん。
「巴田さん」
吹原さん。
「黒衣の少女」
千波ちゃん。
「黒衣の少女」
海。
・・・・・・・・
そうして、ついに暴かれたミステリーの真相。
それは、この本にもっともふさわしいもののような気がしました。
科学と非科学。無意識と意識。記憶の違い。
幽霊の存在。それは設定や小道具による。状況設定による条件反射であるという。
心理作用と眼球映像の関わり。
そして、人間の原子はなくならない、変化して後に生まれ変わるという思想。
輪廻転生、仏教思想であるそれは、絶対的自然科学であると、心霊現象研究者の巴田は語ります。
「海に棲むもの、山に棲むもの、里に棲むもの、すべての生けるものたちは同胞である……彼らを愛し心を通わせるには霊魂しかない。」
「テレビやラジオ、無線、電話などの電波を信じられて、人間の脳から出る脳波をなぜ信じられないの」
心霊研究会にでた千波はかつて、そう言ったという。音も光もエネルギー粒子となって大気圏に飛び交っているのです。脳波、思考エネルギーが粒子となって飛んでも不思議は何もないと。そう考えると超能力も精神の力もごく自然のものとして捉えられるのだと。
崖から転落して死んだ千波。その彼女の思いが、さらに遠く彼方まで――届いたとして、何の不思議があるのでしょうか。
海という名の水に描かれた館。その水のほとり。嵐の海、崖のうえで、少女は両手にランプをかかげ、愛する人が泳いで渡ってくるのを待ち続けるのです。