「海辺のカフカ」村上春樹

海辺のカフカ〈上〉

海辺のカフカ〈上〉

海辺のカフカ〈下〉

海辺のカフカ〈下〉


実は私は初めて読みました、村上春樹って。今までずっと敬遠してきたんです。なぜかはわからないけど何となく…
でも今回、竹内真『図書館の水脈』を読もうと思って・・・したら、これって村上作品の『海辺のカフカ』のトリビュート作品なんですってね!
それなら、先にそっちを読まなければどうしようもないだろう、と思って。
結果はそれで大正解でした。(この事はあとで、竹内さんの本の感想で書きますね)

この『海辺のカフカ』は図書館で借りたものだったんですが、もうぐいぐい読みました。これなら自分で文庫を買ってもよかったかな、と思うくらい。
こういうちょっと不思議な話って好きです〜。

話は、15歳の少年田村カフカ(偽名)が、家出をするところからはじまるのですが。
彼が四国・高松に旅して、その地の私立図書館「甲村記念図書館」にたどり着き、その一室に泊り込みすることになる。
その、図書館に住み込むというの、本好きにとってはえもいわれぬことなんじゃないでしょうか。
だって本、読み放題だし。
それに、何より、回りが本だらけ、という環境で寝泊りするのって、すごいことじゃないでしょうか。
興奮してもう眠れないかもしれない私だったら。

とはいえ、カフカ少年は実際の図書館の中で寝泊りするんじゃなくって、その二階の一室に、・・・ってところが違うんですけど。
でも、そこでまた不思議なことが起こって。
部屋の壁に飾ってある「海辺のカフカ」という名前の絵のこととか。
甲村図書館の女性館長、佐伯さんのこととか・・・ まあ不思議、ってところ。

この佐伯さん以外には、大島さんっていうまた不思議な人が通いできてるんですけど。この方が清潔な感じで、すごく魅力的でした。それがなぜか、っていうのは後でわかりましたが。なるほど〜とうなづいてしまいました。私などは別な想像をたくましくさせてしまいましたけどね。

その大島さんの隠れ家、高知の山中にカフカ少年がでかけてくんですが、ここがまた自然に周りを囲まれた、未開の地って感じ。道路も土のままだし。人家なんてもちろんなし、水道電気もなし。まさに天然の自炊生活を余儀なくされるとこです。
でもこういう、他に雑念の起こらない環境というのもちょっとあこがれます。
電気が通ってないから、テレビやラジオなんかもない。
食料などは前もって用意しておいて。水を汲むのは近くの川からで、水がめにためておく方式。
なんて原始的! 生活するにはすごく大変そうだけど、これこそ本を読むのにもっともいい環境なのではないでしょうか。

それから、周囲を森に囲まれたここ。森は深くて危険なので、道に沿って十分注意していかなければならない。
この森の奥にもある秘密があって・・・ ってところにまた惹かれました。


物語はこのカフカ少年と、あともう一人。知的障害があって中野区以外には出たことがないという老人、ナカタさんの話で構成されています。このナカタ老人というのがまた魅力があってね。
少年のころに事故をしたためにそれ以来、頭のなかが空っぽ状態になり、それまでの知識全部失って、字すら読めなくなったしまったという人です。
若いころは手に職をもち、家具を作って生計を立てていたようですが、今では東京都から補助金をもらって生活する日々。
そんなナカタさんの能力というのが、ネコと話せること。いつのころからか、ネコと話ができるようになっていたナカタさん。
それは字が読めなくなってしまったことと関係があるのか。
他にも、ナカタさんの予言で、空から魚が降ってきたり、ヒルが降ってきたり。ナカタさんこそ不思議な存在ですね。
自分は頭が悪いから、と口癖のように言いますが、時々鋭いことを言うし、本当は賢いんでは、と思わせられました。
きっと常人とはちがった能力を得ていたんだろうなぁ、と思ってました。

そんなナカタさんがあることにより中野区を出てあてどのない旅に出るのですが、字の読めないナカタさんには電車で東京駅に行くことすら困難でした。
それが偶然、出会った人びとの好意で、ナカタさんは旅していくことが可能になります。一銭も自分では使わずに・・・
それはナカタさんがナカタさんだったから・・・。ついつい親切にしてしまう、ナカタさんの人徳ゆえでしょう。

その口回しが特徴があって好きですね。せかせかした日常生活を忘れ、ほっと一息ついてしまいそう。
どんなことにも感謝して、控えめなナカタさん。いいですね〜

その旅の途中で出会った人々も忘れられません。新宿でであった二人のOL。ナカタさんを車で横浜まで送ってくれた若者。横浜からナカタさんを拾って、富士川まで送ってくれたトラックの長距離運転手。
みな印象にのこる人物たちでした。
なかでも、星野さんという青年がお気に入り。最初はいまふうの若者だった彼が、ナカタさんとかかわることでどんどん変わっていく。しまいにはクラシック音楽に聴き入り、図書館の本を静かに読みふける青年に変貌する。
その過程がたまらなく良かったです。

静岡のウナギ、関西の卵焼き、四国の讃岐うどん、と旅のつれづれに登場してくる数々の旨いものに関しても、旅情を誘います。
本と名物、本と音楽、関わる人間たち・・・

カフカ少年の場面がひたすら幻想に満ちたものであったことに対して、ナカタさんの場面はひたすら日常的で、それでいてその平行線に異空間がひろがっているという、そんな印象をもちました。

下巻に入って加速度的にストーリーが進み、あれよあれよというまに終わってしまった、という感じが強かったです。
ちょっと理解が難しい部分もあり、また実際、解かれていない謎がそのままにラストまで行ってしまったというところもありましたが、私には十分に面白かったです。

ナカタさんが裏返したという、入り口の石って結局、何だったの?
高知の森の奥にあった世界って?
結局、カフカ少年の母と姉って・・・???

と、わからないことはたくさん残りましたが、私はその疑問符ごと楽しめたという感じだったので、非常に良かったです。
それらの疑問は、いわば読者に向かって託されたもの、といえるかもしれません。
それが嫌な人は、はっきり説明して終わってほしいと思い、評価が低くなるのかもしれません。

私はわからないことはわからないなりに、雰囲気とかを楽しめたという感じ。
カフカ少年が森の奥の世界から現実にもどってくる場面などでは、神話的なものを感じ、ぞくぞくしました。ほら、振り返ったらダメだというの・・・
古事記」とか「ギリシャ神話」とか連想させますね。

父を殺し、母と姉を・・・っていうの自体、「ギリシャ神話」のオイディプス王ですが。
性的場面が多いという指摘や残虐場面が・・・っていう指摘もありましたけど、それはやっぱり大島さん言うように、メタファー(象徴)ってことになるだろうと思います。
ナカタさんが手を汚して・・・っていう場面にだって、後から見たら血の痕跡が消えていたということもあったし。
あれに関しても何も説明などなかったけれど、私はそれでいい、って思う。

すべてがくどくどと説明されていたら、物語の雰囲気が壊れてしまうと思うし。
少し不思議な、余韻を残して終わるのがもっとも好きな結末のような気がします。


村上作品を初めて読んだ私でしたが、十分に楽しめましたので、これ以降も何か読んでいきたいと思っています。

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あしか > これを楽しんだ北原杏子さんには、ぜひ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」をお薦めします。上下巻の大作ですが、もし短いものをということなら「スプートニクの恋人」かな。どちらもきっとお気に召すと思います。 (2007/05/28 10:02)
わった > はじめまして。私は学生時代からの村上春樹ファンでございます。金融論が専門の経済学の先生から薦められたのが「羊をめぐる冒険」でその作品がきっかけです。途中、子育てに追われてなかなか本が読めない時期がありましたが、今では中学生の娘も村上ファンとなりました。カフカは中学生には早いかなとも思いましたが・・・ポルノ・グラフィティの晴一君も中学生の頃から村上春樹を愛読していたよとの説得に結局親子で読んでしまいました。私は「アフターダーク」もいいよと言いたいです。それから、村上さんはエッセイも面白いですよ。装丁と挿絵も好きな「村上ラヂオ」は娘も大変気に入りました。
大島さん、私も好きです。それとナカタさんと星野君も!
高校生の息子に電機も水道も無いところで一人きりの生活を味あわせてやりたいと思いましたが・・・我が家にはそんな別荘も無く残念無念であります。 (2007/05/28 15:00)
すもも > 読んだ当時は??でしたが、北原杏子さんの日記を読んで、再読したくなりました。今度はどんな感想を自分が持つのか知りたい気がします。 (2007/05/28 15:35)
北原杏子 > あしかさん、おすすめありがとうございます。いつか必ず読みたいです!
わったさん、初めまして。レスありがとうございます。娘さんといっしょに同じ作家のファンなんていいですねぇ。いろいろおすすめありがとうございます。参考にさせていただきます。
すももさん、日をあらためて読んだらまた印象が変わるかもしれませんね。本ってそのときの自分の状況が影響すると思うのです。すももさんの今の感想もぜひお聞きしたいです。 (2007/05/31 23:43)