「あなたに似た人」ロアルド・ダール

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))

初めてダールの大人向け小説を読みました。短編集で、15編が収められています。そのどれもが深い味わいがあり、一読後ずっと何かが頭のなかを漂っている・・・そんな印象。

おまけにそのどれもにダークでブラックな毒がしこんであります。

自分の娘を賭けの対象にして、ワインの銘柄を当てさせるという賭けをした男の話「味」・・・これは中年のいやらしい美食家の描写がなんとも気持ち悪かった。

いつもと変わらぬ午後をすごすつもりでいたのに、帰宅した夫の思いもかけぬ話を聞いた妻は…、ミステリの定番なんでしょうかこのトリックは。「おとなしい兇器」・・・あの警官たちの笑いが怖い…!

もっともブラックで気味が悪い作品「南から来た男」・・・ 高級車を賭け金に、青年が奇妙なイタリア人の男と交わそうとした、もっとも悪趣味で、ブラックな行為。片言でしゃべるイタリア人の口調が何とも異様で、気持ち悪かったです。

体の感覚に異常をきたし、痛みも感じないようになっていた男の話、「兵隊」・・・夜のなか彼は…? なんですが、これちょっとよくわからなかったです。意味が・・・ 何かとてもつもなく怖ろしいことが起こってるに違いない、とは思いましたけども。

若夫婦の客人の部屋に盗聴器を仕掛けようとした夫婦の話、「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」・・・最初、妻の提案にとんでもないという反応しか返さなかった夫がだんだん悪ノリしてきて最後には愉快な気持ちで盗聴器をしかけようとしていたのが怖い。オチもよかった。

航海中の賭けに勝とうとして、自ら海に飛び込もうとした男の話、「海の中へ」・・・オチがまたなんとも皮肉でした。

通勤途中で出会った男にかつての友人を思い出し、彼に違いないと思い込んだ男の話 「韋駄天のフォックスリィ」、これも最後がなんとも皮肉。

かつて無名な絵描きだった少年に、自らの背中の皮膚に刺青で絵を描いてもらった男の話、「皮膚」・・・ 結末がひどく恐ろしかった!あの老人はいったいどうなってしまったんだろうと、想像してしまいます。

毒蛇が寝ているシーツのすきまから入り込んで… 噛まれたら即死ぬという恐怖に蒼白になっている男の話、「毒」・・・これはまさにタイトルのごとしで、毒そのものでした。蛇を刺激しないようにそーっと処置をする医師の描写にとても緊張感がありました。

古いかさぶたをはがす誘惑にかられた少年は絨毯の赤と黒の部分を踏まずに、黄色い部分だけを踏んで玄関までたどり着けるのか?小さな冒険にくりだした。「お願い」・・・誰もがこういう経験はしてきたハズ。私にもありました!椅子の下は真っ赤に燃えた溶岩でいっぱいなんだ、とかね。あと石畳を一個も抜かさないで歩くとか!無意味なルールを決めて、行動した思い出が!!

父の莫大な遺産を相続した男の妻となった女性は、気弱な夫をしりめに浮気をしていた。そんな時、夫の趣味で集めた彫刻を配置している庭を浮気相手と散歩中に起こった椿事。夫は一瞬の狂気にかられ、執事のさしだした斧を手にとる?・・・「首」

植物の悲鳴を感じ取れる機械を発明してしまった男の話、「音響捕獲機」・・・まるでマンドラゴラのような、その悲鳴。これを読んだらもう、草刈りなどできなくるかも!?

ある特殊な描き方で婦人たちのあいだで名高い画家がいる。愛する者の裏切りにあったと激怒した男はその画家を使って、卑劣な報復を試みる。・・「告別」

すべての作家にとって、これは夢(悪夢?)のようなものなのかもしれない。ボタンひとつで、お好みの作風をチョイスして、純文学からミステリ、SF、ロマンス小説なんでもござれ。どんな種類のプロットも文章形式も、著者は選択できる。なんてお手軽な文章製造機!! 「偉大なる自動文章製造機」・・・続々、契約書にサインする作家たちをしり目に、じっと誘惑に耐えている著者ダール?なんて構図が思わずうかんできちゃいます。


そして連作「クロウドの犬」・・・干草の山にひそんだねずみを退治しようとやってきたねずみとりの男。ひょこひょこと奇妙な歩き方で、まるで…?と、その動物を連想させる。その描写には戦慄しました。
「ネジュミの血ってやつは、大工場やチョコレート製造業者が、味をよくするのに使うんだぜ」
唇をぬらし、グジュグジュ声で「アジュ」と発音する男…。もう鳥肌立ちました!

そしてねずみの棲家だった干草の山に、ひそかに紛れ込んでいたものとは!? 戦慄の恐怖、です。
ほか○○虫を商売にしようと婚約者の父親に話す男の話とか… それは作戦みたいなもんだったのですが。虫嫌いの私はひそかにイヤ〜〜!と悲鳴あげてました。

いちばんおしまいに載ってた犬のレースの話は、リアルで面白かった。こんなレースがあるなんてちっとも知らなかったし。
そしてやっぱりオチはシニカルな、ピリッときいた風味です。


以上15編。どこかに「あなたと似た人」が存在しているのでは!? タイトルの意味はまさしくそういう意味になっています。

毒のたっぷり効いたロアルド・ダール・・・ちょっと癖になりそうです。