「悪魔の薔薇」タニス・リー

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

耽美華麗にして陰惨沈鬱、退廃的で不道徳で官能的な幻想怪奇の饗宴

この言葉がこれほど似合う作家はいないでしょう。
〈現代のシェヘラザード姫〉との異名を誇るダークファンタジー界の女王タニス・リーの語る9つの物語。
収録作全篇が初訳というのも嬉しい限りです。
内容も多岐にわたっています。

  • 「別離」

リーお得意の吸血鬼譚。主役をヴァンパイア自身ではなくて、ヴァンパイアに仕える者に持ってきたところが特色と思われます。次に仕えるようになっている人間というのが、どういうふうにそうなっていくのか、とても興味深いものがありました。
雰囲気もばっちりでした。私はけっこう好みの作品でした。

  • 「悪魔の薔薇」

表題作のこの作品は、伝説で語られる悪魔というものの正体も、現代にかかればこんなものなのだという話。雪のため立ち往生した列車が停止した鄙びた町に降り立った一人の青年はある貴婦人と出会う・・・・。
結末は怖ろしいです。最初は幻想的な雰囲気で始まっていたのに。

  • 「彼女は三(死の女神)」

リーはパリに魅せられていて、現実のパリとはべつのパリを舞台にした話を書いていて、その代表作が《パラディスの秘録》とのことですが(私は未読です、恥ずかしながら)、これもまたそのひとつ。
詩人のアルマン、画家のエティアン、音楽家のフランス。三人の男に訪れた死の女神とは? 散文小説というよりは、詩的な印象が強い作品でした。

  • 「美女は野獣」

これは、フランス革命に強く興味を抱いたリーの大作歴史小説「The Gods Are Thirsty」に至る過程で生み出された短編のひとつ。ここにもまたリー独自のグロテスクなパリの情景が描き出されています。
それだけに、もっと大きな広がりのようなものを背景に感じました。悪と背徳の都〈千のドームの都〉を救おうと単身旅立ったノースフリーのやさしき女性マリステア。
対して、都を支配する、悪名高い暴君シャコー。
美女と野獣のこの二人が出会った時、何が起こったのか。結末はちょっと予想外でした。価値観の違う人間には、見える光景もまた違うっていうこと?真実はどこに?と思わずにいられなかったです。

  • 「魔女のふたりの恋人」

これもまたパリのお話。でもこれはちょっとロマンティックで切ない話でした。そしてなんとも皮肉な・・・
ずっとむかし。女はたやすく魔女になることができた。朝に夕に、踏みしだく緑の大地に、光の中に、影の中に女は魔法を感じとり・・・吐息からは呪文のことがをあふれだしていた。そんな時代に、恋することをしらないジャーヌという娘がいた。歳の離れた保護者のもとで、何も知らず過ごしていた娘がついに選んだ青年は・・・。望みを抱いて、恋しい男へと魔力を投じる娘の身に起こった事態。結末はなんともいえず苦い味。

  • 「黄金変成」

これも擬似歴史小説。滅亡に瀕した古代ローマ帝国の話。錬金術に関するリーの知識が十二分に発揮された作品。
黄金を作り出す女ともてはやされた、〈麦の王〉(穀物の隊商)の娘ザフラの虜となった元首(プリンケプス)ドラコ。その親衛隊長官スコラウスは、東方の魔女と関わるドラコの身を案じ、あれこれと画策するが・・・・。
ラストはまた一転。失われたものは大きかった、ということでしょうか。

  • 「愚者、悪者、やさしい賢者」

リーふう「アラビアン・ナイト」。どこか昔懐かしいような雰囲気の話で、珍しくハッピーエンド。
長男=愚者、次男=悪者、三男=賢者という、単純明快な話でした。そして最後にいちばん得をした(幸福になった)のは、三男と、昔話の定石通りでした。身代わりになった老婆の言い草にちょっと笑い・・・いいのか!?と突っ込みを入れそうになりました。

  • 「蜃気楼と女呪者(マジア)」

これは東洋風ファンタジー。詩的な文章はまさにリーそのもの、ってところでしょう。ある日、クォン・オシェンの町にやってきた仮面の女タイシャ=チュア。鏡の館に住まう彼女は、魔法を使い、次々に若く美しい男を連れ去り、翌朝には廃人同様となって送り返す、という非道を繰り返していた。そんな時に同じようにして町を訪れた男がいた。同じように仮面をかぶり、真実を秘してやってきた魔神のごとき男は、しかしそうではなかった・・・。
最後の、鏡が割れるシーンでは、ああやっぱりそうなったのか、というちょっと安心感がありました。リー版氷姫?と思ってしまいました。

  • 「青い壷の幽霊」

古代中国の説話に、「壷中天」という――壷のなかに世界が広がっており、そこに人びとが住んでいるという話があるそうですが、これはそのリー版とのこと。
執筆のきっかけは父親にもらった青い壷にインスピレーションを得て・・・ということですが、これも結局、切ない恋のお話ですねぇ。
強大な魔術師にただ一人意のままにならぬ女がいて・・・高飛車な物言いで、好き勝手ふるまうルナリア媛。
魔術師は力も強くて、何でも思い通りになる存在で、それだけに、容易になびかない女、どのようにしても絶対に手に入らぬ女、ということで、この高貴な女性?に執着していたようです。そこに件の青い壷、という物が入ってくるのですが。
壷の中から呼び出される霊たち。彼らは壷のなかのことについて尋ねられると一様にして口をつぐんでしまう。いったいどんな世界が?とそれもまた興味深いところですが。
ラストはちょっと寂しかった。この一個前の作品とは間反対の… ところでルナリア媛って…お姫さまってわけじゃないですよね。口調もどっちかていうと、飲み屋のお姐さん口調だったし。(笑)。高級娼婦ってところ?



とまあ、こんな具合でした。
短編ですが、どれも世界が深くって、話の背後にもずっと大きな世界が広がっている、という手ごたえを感じました。こういうアンソロジーっていいですね。
発表年度も、作風もいろいろで、長いこと楽しめました。忘れた頃にまた、再読する楽しみってのもありますね。


タニス・リーは読んだことがない、という方にも。この短編集を足がかりに、あちこち旅してみてはいかがでしょうか。
深くて、魅力に富んだリーの世界を。

巻末に、リーの全作品リストが載っているのでそれも参考になります。私は・・・翻訳されたものでまだまだ読んでない作品がいっぱいです。これからまた新たに取り掛かりたいと思っています。