「炎のように 鳥のように」皆川博子★★★



この作者の本は初めて読みました。これもまた本プロのお陰で出会った本です。出版されたのは1982年と少々古いですが、そんなことなど感じさせないほどよかったです。今でも十分、読める内容だと思います。(ただあの挿画はちょっと怖い…)

物語は壬申の乱とその後の時代を舞台にしています。
大海人皇子の子、草壁皇子と、山に棲む一族、国栖(くず)の民の少年小鹿(おじか)の二人の人称で交互に物語られていきます。

壬申の乱という大きな戦さの影で、踏みにじられていく人びとの姿がリアルに描かれていて、今まで歴史的事実という形でしか感じられなかったこの事件の実質がどういうものであったのか感じることができました。
大王の戦さだと言って、行軍していく道々で罪もない人々を次々に射殺し、馬屋に火をかけ、兵たちが体を暖めるために突然、家の屋根を引き剥がし、燃やしてしまったり… 貧しい身分の低い者たちがどんなふうに戦に巻き込まれ、死んでいったのか… 上に立つものの傲慢さ、逆らったら生きていけない下層の身分の人々の弱さ、無念さ…そんなようなものを感じました。


奴の身分にまで落とされながら、自分の誇りというものを失わなかった小鹿。草壁皇子に良民に戻してやろうといわれても、自分自身がこの身分を選んだのだと頑なに断ってしまう小鹿。皇子に対しても大王に対しても対等の立場で物を考え、行動していた小鹿の姿には瞠目させられます。
どうしてそんなに強いのでしょう。


草壁皇子は自分の下に位置している人々を、父である大王が軍事力とか、物量としてしか捉えられないのに対して、一個の人として見てしまう。それは小鹿という少年と出会ったから…

それなのに、自分は何も出来ず、ただ見ているだけという位置から離れられないのです。
権力は父である大王と母である皇后とに一手に握られ、何の力も持たせられない存在として描かれています。
皇子のつらさ、無念さが伝わってきました。


「おれは、物語ろう」「わたしは、思いかえそう」という印象的な言葉(先は小鹿の、後は草壁皇子の)がラストでどういうことだったのか、わかります。
草壁皇子にとって、大津皇子の事件は大きなものだったのでしょうね。



草壁皇子というと、梨木香歩さんの「丹生都比売(におつひめ)」が思い出されるのですが、作者によってこれほど違ったように描かれるものかと思いました。
「丹生都比売」での草壁皇子は病弱で繊細なイメージでした。こちらではとくに頑健というわけではないが、決して病弱というわけではない、とされています。
母親である鵜野讃良皇女【うののさららのひめみこ】(のちの持統天皇)も、本作では何やら権力の鬼、とでも見えそうな印象。どちらが本当、ということは言えないのでしょうけども。
私的にはどちらかというと、透明なイメージだった「丹生都比売」が好きだったのですが。


こちらは泥臭いといっては何ですが、より現実に即した内容になっており、そこのところが悲しくつらいところです。
#評価が3とちと辛いのは、自分の好みからです。作品の出来不出来ということではなく。


歴史的人物を作者の思い入れによって、様々に描き出すことができる…これが歴史小説(本作は児童文学ですが)の醍醐味なのかな。
と、歴史小説に関して知識の浅い私は思いました。
これを機にほかにも何か読んでみようかしらん、なんてね。
どなたか、これはというものがありましたら、教えていただきたいです。


*本のプロ レスより*

すもも > あ、これ読んだことある、と思って古い読書ノートをめくってみました。「児童書にしては、辛口。せめて小鹿には幸せになってもらいたかった」と書いてありました。日付はなんと七年前。もう一度読み返したら、今度はどんな感想を持つでしょう。興味が沸いてきました。歴史的人物像は、書き手によって本当に変わりますよね。なかには本人が、天国からクレームを入れたくなるような描かれ方もあるのではと思います(笑)
>おすすめの本 『水底の棺』中川なをみ
ひょっとしたら、もうご存知かもしれませんが。ハリーポッター4巻発売日のこと。つなぎで読んでたつもりが、あまりにおもしろくて、買いにいくのが後回しになったという本です。 (2003/11/28 10:04)
ときわ姫 > 私もこの本の事は本プロではじめて知って読みました。最初なんだか不自然な語り口だなあと思っていたのが、いつのまにか引き込まれてしまいました。誰でも知っている草壁皇子に、小鹿という人物を絡ませる事で、広がりのある話になったと思います。 (2003/11/28 16:37)
北原杏子 > すももさん、お読みだったんですね〜 確かに辛口でしたね。嫌いじゃなかったですけど。本当救いのない結末で…暗澹たる思いに浸らされてしまいました(^^ゞ おすすめの本、確か課題図書か何かだったんでは? ハリポタをもしのぐ面白さ?それはいつか読んでみたいですね。
ときわ姫さん、じつはときわ姫さんの感想を拝見して読もうって思ったんですよ。語り口って、「おれは、物語ろう」という部分ですよね。確かにあれだけ見るとなんだろ?って思いますが、ラストですっかり解明されましたね。
読後感はともあれ、惹きつけられる物語だとは思いました。 (2003/11/29 01:18)